着流しの鬼平が
『鉄蔵』は、なんだか気になる店だ。いつものようにチーム・キャッツアイのふたりの素敵な女性に導かれて訪ねた店なのだが、とても懐かしい気分にさせられる。でっかい提灯。これが『鉄蔵』の目印。 |
新宿通り、四谷三丁目交差点を四谷見附方面に向かって左側を歩くとすぐに、杉大門通という横道がある。その小道に入るとデッカイ提灯が見えてくる。
これが『鉄蔵』の目印。提灯にも店名がしっかりと書かれている。
懐かしいのだが、どこかで似た店に出交わしたかというと、そんな記憶はない。おそらく自分の意識の中に、こういう店で夜の幕開けをしたい。二、三杯プハァーッとひっかけ、店長と無駄話をして、今夜はどう時間を潰すかと思い巡らす。
そんな生活への憧れが私にはあるからだろう。
店内はいたって殺風景。装飾的なものは一切ない。立ち呑み、スタンディングバー的な発想でつくられたのだろうが、椅子もちゃんとある。
なんで気になるのかと心の中で噛み砕そうとしていたら、ふいに映像が浮かんだ。編み笠を取り、着流し姿の腰には長物を一本落し差しにした長谷川平蔵がふらりと入ってくる。池波正太郎の『鬼平犯科帳』。鬼の平蔵の絵なのだ。
「おやじ、すまねぇが、よぉく冷えたハイボールを一杯」
江戸の酒場でハイボール
元ラガーマンの冨沢信和店長が律儀に「へい」と力強く答える。そして究極のハイボールを平蔵につくろうとする。グラスはもちろんボトルまで冷凍庫でキンキンに冷やしてつくる『究極のハイボール』。山崎12年¥700 |
冷凍庫の中にはグラスとウイスキーが入っている。冷凍庫の扉を開ける前に、冨沢店長はカウンター席に座っている平蔵に背を向けたまま口を開く。それも平蔵が自分をもてあましていた若い頃の通り名で呼びかけた。
「鉄つぁん、今日は歩きどおしで疲れていなさるね。ボウモア12年の甘みがよろしいんじゃ」
「ほう、わかるか。いつもながら、おまえさんの勘ばたらきにはまいるな。あ、それとな」
「わかっております。地鶏の岩塩焼とイカゲソでございやしょう」
つまりだ。江戸の酒場を連想させる。和のつくりでもTOKYO的感覚の店が多い中で、ここの殺風景さ、無駄の無さが江戸の粋なのだ。まあ、これは私の勝手なイメージである。
鬼平で語り過ぎたので、次ページでは『鉄蔵』を具体的に紹介する。(次ページへつづく)