ロッカーのハイボール
5、6年前のこと。短期間だがT君という若者と飲み仲間になった。知りあったのはとあるバーだ。酔った彼はデュワーズのハイボールをビールのようにガブ飲みしていた。バーテンダーが「その一杯で今夜はおわり」と宣告すると、「ハイ」と素直に返事をする。そして途端にチビチビと貧乏くさい飲み方をした。私は面白い奴だな、と興味を抱いた。
T君はいつもハイボールをガブ飲みしていた。 |
私は以前、ディマジオ社のギターのピックアップの広告制作をやっていたことがあり、T君の音楽話に多少なりとも付き合えるオジサンだった。いつも彼はハイボールをガブガブ飲み、熱く話し、私はシングルモルトをゆっくりと嘗めながら聞き役に徹した。
一度だけT君のライブへ行った。オジサン客は私ひとりだった。ステージの彼は格好よかった。何よりも歌がうまい。ハスキーでセクシーな声で、イケメンで、なんでメジャー・デビューできないんだろうと思ったほどだ。
卒業のシングルモルト
何日か後、バーでT君と出会った。彼は「ライブなんか絶対来ないと思ってた。ジャケット姿のオジサンがいるからすぐわかったよ。笑いそうになっちゃった」といつになくはしゃいでいた。その夜、T君はシングルモルトについて教えてくれと言って、私のすすめるままに飲んだ。ストレートで飲む彼に「少し水を足したらいい」とアドヴァイスしても「ノドによくないんじゃないか。いい声しているんだから」と心配しても、「関係ないっすよ。強い酒飲んでも、大声張りあげてタバコズバズバ吸ったりしなきゃ平気っす」と取り合ってくれない。
あまりにも私がしつこく心配するので、彼は「もういいっすよ。もうバンドは卒業。最後のライブと決めてて、そんで招待したんだ」と怒ったようにきっぱりと言った。
客はいつの間にか私たちふたりだけとなり、閉店まで1時間半もあるというのにバーテンダーは扉に鍵をかけた。3人のバーテンダーはT君の卒業祝いに飲もう、と言って着替え、カウンターに座った。(次頁へつづく)