まずは村松友見(正確には『示』へんに『見』と表記します)氏。この話は18年以上前にうかがったもの。
村松氏は昭和の名優、故鶴田浩二の飲み方を真似てみようとしたことがある。
鶴田浩二が映画の中で酒を飲むシーンでの演技には、何か流儀のようなものがあった。酒を口に含むと、時間が止まったかのように宙を見据える。そしておもむろにグイッと飲み込む。するとこめかみにクキッと筋が浮き出る。その一連に独特の味わいがあった。
「鶴田浩二の飲み方」を村松氏から教えられた後日、私はビデオ・レンタル店に走った。当時はレンタル店はいまのように多くはなく、探すのに苦労した。鶴田浩二主演のビデオを借りると、酒のシーンばかりサーチした記憶がある。
その昔バーに行くと、村松氏はウイスキーのオン・ザ・ロックを飲みながら、鶴田浩二を気取ってみた。
「真似できませんでした。カウンターで彼の飲み方を真似てサマになる人がいたとしたら、それはもう千両役者といっていい」
たしか村松氏はそんなことをおっしゃった。若かった私はそれからしばらくの間、バーに行くと千両役者的な客はいないかと探して、やたらキョロキョロしてしまう挙動不審な男になった。
自分と向きあうための酒
次は女性。女流作家のウイスキー・タイム。3年近く前、桐野夏生氏が『ダーク』を上梓された直後にうかがった話だ。桐野氏のウイスキーとの出会いは学生の頃。父親が愛飲していたサントリー・オールドを好奇心から口にしてみた。「苦い大人の味」だったという。それからは何度か目を盗んでは、ちょっとずつ飲むようになった。オールドは黒いボトルだから、中身が少々減っても気づかれる心配がない。
美しい桐野氏の娘時代の盗み酒。いったいどんな顔をしてボトルを手にしていたか、想像はふくらむ。そんな桐野氏が素敵なことをおっしゃった。
「ウイスキーはひとり静かに、自分と向き合うために存在する、自分だけのお酒のような気がします」
素晴らしい評価だと思う。桐野氏にとってウイスキーは「自分自身をすごく意識させる酒」であり、「ビールやワインにはそういう感覚や酔いがない。ウイスキーだけが持ち得る世界」だともおっしゃった。
それ故に桐野氏は、孤独のウイスキー・タイムを愛す。
ひとつひとつ文字を積み重ねていく仕事を終えた深夜、ひと息つく。しじまに耳を澄まし、冷えていく大気を感じながらウイスキーのオン・ザ・ロックをじっくりと味わう。華やかに開く香りの花束にやすらぎ、熟成感に浸り、たったひとり、満足した自分がいる。
この孤独が桐野氏はとても好きだそうだ。(次頁へつづく)