「常連客とその紹介客だけでやっている店なのに、無責任に記事を書くな。店の雰囲気が崩れている」
こういう人は熱狂的なその店の常連客なのだろう。気持ちはよくわかる。この人にとっては大切な店なのだろう。だが厳しいことをいえば、これを聞いて嘆くのは自分が愛している店のバーテンダーなのだ。
「うちのお店のお客さまがそんなことを。嘘でしょう。雰囲気が崩れていたとしたら、私の責任です」
バーテンダーにとってこれほど悲しいことはない。空気にそぐわない客が一時的に多くなったとしても、いいバーテンダーといい常連客がいる店は自浄作用がある。もしほんとうに崩れたとしたら、バーテンダーとして二流ということになる。
早い話、文句を言いたい人は、雑誌やサイトに“俺だけの店”が掲載されたことに腹立たしさを覚えるのだ。“俺の店”との思い入れはよくわかる。なんせ、かつて私もそういう勘違い野郎に陥りそうになったことがある。
危ない世界
かつてスナックという業態が人気だったことがある。その中で衰退した店の例のひとつを挙げてみる。常連客とその紹介客だけで成り立っていた店の場合、店主も老い、客も老いるとたちまち衰退した。客層の幅が狭いからだ。客は仕事をリタイアすると足を運ばなくなる。新しい客を開拓してこなかったツケがまわってきて、たちまちにして閉じざるを得なくなった店がたくさんある。危ない世界なのだ。
とくにスナックの場合、よほどの特長がなければマスコミが取材にくることなんぞ有り得ない。バーはバーテンダーが売りだからスナックとはちょっと違うが、似たような面もある。適度な情報発信が大事なのだ。常連客は大切にしなければならないが、それだけでは経営は成り立たない。バーは慈善事業ではないのだから。常連とその人たちの口コミだけで店を成り立たせることのできるバーテンダーはそんなにいない。
女性の方たちに言いたいのは、男性がなんだかんだと訳知りなことを告げてきたとしても、自分の世界を歩んで欲しいということ。たとえば雑誌に載った店でよさそうだ、と感じたなら、まずは出かけてみる。何軒かで時間を過ごせば、必ず自分と波長の合うバーテンダーがいる。そしたらそこの常連になればいい。
勘違い野郎の多そうな店はとりあえず避ける。ただバーテンダーとの波長が合いそうだったら、もう一度出かけてみるのもいい。
カクテルが旨いとか、内装がいいなんてのは二の次にしたらどうか。とにかくカウンターに座った時の居心地とバーテンダーの距離感を大切にして欲しい。
もっといろんなクセのある客たちを紹介したかったのだが、長くなるのでこのくらいにしておく。また別の機会に紹介しよう。
夫婦で行く店、恋人と、友人と、ひとりで、あるいは仕事帰りに、休日に、いろんな状況でいろんなバーを使いこなせると愉しいよ。
前回の同シリーズ『ウイスキーって森林浴なんだ』もご一読いただきたい。