バーテンダーの清潔感。
このサイトの記事ではないが、かつてFor Lで銀座『テンダー』のトイレを誉めたことがある。するとある女性の感想の中で「トイレを誉めるなんて、意味不明」とやられてしまった。ここでもまた自分の説明不足を反省する。
バーテンダーは清潔感が第一と前回書いた。老舗といわれるバーで働く若手は徹底的に掃除をやらされる。毎日、何百というボトルを一瓶一瓶拭き、グラスも一個一個磨き上げる。なかには布の素材を変えてグラスを二度拭きする店もあるほどだ。
バーの営業前の時間については、私のメールマガジンのバックナンバーをご覧いただきたい。昨年6月25日発行のVol.7のショートショート『上質な時間』に掃除のことについて言及している。
若手が最も厳しく言われるのがトイレ。ボトルやグラス、床といった表向きの面よりも、トイレのしかも目につかない部分まで徹底的に掃除させられる。そこまで気配り、目配りできない奴にいいサービスはできない、といった修業のひとつの意味合いもあるし、清潔感を植え付けるには最も適した部分なのかもしれない。
マニュアルではない、清潔の基準を自分なりに工夫して心身に染み込ませるのだ。
銀座『テンダー』の場合、トイレで上田和男という名バーテンダーの姿勢を教えられるのだ。
店内の構造をよく見るとトイレを広く取るために壁面がある部分だけ突出している。ほとんどの人はこれに気付かないだろう。またトイレの洗面台にはバラが一輪、そしてハンドタオルがいくつも重ねられ、バラのルーム・コロンの香が漂っている。鏡は磨き上げられ、便器も床もすこぶる美しい。これぞバーテンダー・スピリッツ。
『テンダー』で清潔感を知り、それからはオーセンティック(正統派)と謳っているバーに出かけるとトイレやいろいろなところが気になるようになった。人気のバー、よく知られたバーテンダーのいる店で、パブミラーに手アカがベタッと付いてたり、額縁にほこりが付着していたりすると、名店とは言い難いなと思ったりする。
高級レストランのフロア・マネージャーが消しゴムをポケットに忍ばせている、といった話を聞いたことがないだろうか。壁側のテーブル席の客が帰った後、落とし物はないかとテーブル下をマネージャーがのぞく。私が見たのはのぞくフリだった。マネージャーは素早くテーブル下の壁面を消しゴムでサッサッとこすった。男性客が足を組み替えた時に壁面に当たった黒革靴の靴墨の汚れを何気なく落としたのだった。それを見て私は感激してしまった。
サービス業ってのは清潔感が第一なんだ。だから私にとっては、トイレを誉めることは、そのバーというか、バーテンダーを誉めることになる。まあ彼らにとっては当然のことなんだろうけど。
前回のこのシリーズ記事4『チャージ料ってなんだ』も参考にどうぞ。では次回は7月まで待て。
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