今年はちょっと納得のいかない天気だが、湿度が低く、爽やかな夕、オレンジ色の光と影がビルの谷間に強いコントラストをつけた絵を想像していただきたい。
そんな時、訳もなくドライ・マンハッタンを飲みたくなるのだ。
日の光が勝手にこのカクテルの辛口のキレ味を呼び起こすのだから仕方ない。
このカクテルを好きになったのは、尊敬する洋酒研究家、稲富孝一氏がよく飲まれるので、それを真似て飲みはじめたら病み付きになってしまった。
稲富氏は元サントリーのチーフブレンダーで、響というブレンデッドウイスキーの傑作を生み出した人である。2000年に取締役を最後に引退されたのだが、その翌年、スコットランドへ旅しませんかとお誘いしてみたら、なんとこの若輩者との道行きを心よく承知してくださった。
旅の途中、スコッチウイスキーとエール(ビール)ばかりで少し浮気したくなった。エディンバラのホテル・バーで、氏はドライ・マンハッタンをオーダーされた。しかもカクテルに沈めるのは一般的なレシピにあるマラスキーノチェリーではなく、パールオニオン。パールオニオンがなければオリーブとおっしゃった。それがなんとも格好よかった。
若輩者が「素敵ですね」と唸ると、氏はあっさりとこう答えられた。
「以前ね、カナダへ行った時、CCの関係者にバーへ連れて行かれた。ベースはもちろんCCなんだけど、入れんのはね、パールオニオンかオリーブなんだな。そいで、お前もこのスタイルでやれって。まあ、私もなんとなく気に入ったんやな」
CCとはカナディアンウイスキーを代表する名品、カナディアン・クラブのことだ。