「ゆっくり走る」の「ゆっくり」度に認識新た
「マラソンは決して健康的なスポーツではない」と私は常々口にしていますが、適度なランニングなら健康にとってたいへん良いということは実感もしていて、多くのランナーも認めているところです。では、健康をもたらす適度なランニングとはどのようなものなのか?私は「翌日に疲れを残さない程度」と漠然と思っていましたが、科学的な根拠があるわけではなく、ダメージを残さずに体の機能をアップするのだからいいだろう、というくらいの判断で言っていました。それでは、疲れを残さない程度の範囲なら、なるべくたくさん運動をしたほうがよいのか?全然疲れないようなわずかな運動では効果がないのか?という疑問がわきます。
わずかな運動でも効果がないとは言わないが、ごくわずかの効果、どうにか維持する程度の効果しかないのでは?という思いでいました。やはり、1日5~10kmぐらい走らなくてはと思っていたのです(説明がくどくなるのでここでは書きませんが、この「5~10km」という数字を設定したことには理由があります)。
そんな考えが、NHKで放送された「ためしてガッテン」で変わりました。とても興味深い内容だったので、その内容に筆者の経験も交えてご紹介しつつ、ランニングの効能をまとめてみることにしましたした。
歩幅の狭いスロージョギング「らくらくジョギング」
番組では福岡市を本拠とする、ランニングクラブの皆さんの独特のランニング方法が紹介されました。指導するのは、福岡大学スポーツ科学部の田中宏暁教授。著書も多くランニング雑誌にもたびたび登場されています。その方法は、とにかくゆっくり走るというもの。歩幅の狭い超スロージョギング「らくらくジョギング」です。そのスピードたるや時速4~5kmですから、ほぼ一般的な歩行速度。早歩きの人には抜かれてしまうスピードです。このスピードだと、初心者の人でも簡単に5km、10km走れてしまいます。
何も運動をしていなかった人が5km走れるようになるには、一般的に1ヶ月以上かかると思いますが、この超スロージョギングですと、すぐに5kmぐらいは走れるようになります。
同じ速度でも消費エネルギーは1.6倍
率直なところ、「歩くのと同じスピードなら歩きでも効果は変わらないんじゃないか」と思えますが、やはり歩くのと走るのとでは、筋肉に与える刺激が異なります。エネルギーの消費量は、番組では同じ時速4kmで歩いた場合には3.7kcal、ジョギングでは5.9kcalを消費するとのことです。実に1.6倍も消費量が違うのです。要するに、超ゆっくり走る動きは、体を移動する上であまり効率的とはいえないがゆえ、運動になるということかと思います。改めて紹介しますが、脳に与える影響も異なるのです。
確かに、ウォーキングならそんなに歩き慣れていない人でも、なんとか10~20kmぐらいは歩けるものです。しかし、ゆっくりだとはいえジョギングになると、初心者が10~20km続けることは困難でしょう(とはいうものの、3ヶ月も続けるとフルマラソンも完走できるとのことですが)。
超スロージョギングだとなぜいつまでも走れるのか
その秘密は「ある筋肉を使わないから」だと番組では謎かけをしていました。ある筋肉とは「速筋」のこと。白い筋肉とも言われます。無酸素運動に使われる筋肉です。走り続けることが困難になる大きな理由の一つが乳酸の発生ですが、有酸素運動だと乳酸の発生を減らせます。有酸素運動から無酸素運動に急に切り替わるポイントを最大酸素摂取閾値といいます。このポイントがどのくらいにあるのかというと、何とか話をしながら走れるあたりといわれます。
それ以上の速度になると急に乳酸の発生が増加。トレーニング効果は、この最大酸素閾値境界における運動強度がもっとも効率的とされます。しかし、初心者にとって何とか話ができる運動レベルでもいささか高いハードルで、その領域に達するととても運動を続けられません。乳酸に対する耐性ができていないためと思われます。
そこで、思い切りレベルを低くしたのが超スロージョギングです。その運動強度は、楽に話をしながら走れる強度。このスピードですとほとんど乳酸を発生しません。そのために、初心者でも長時間走れるというわけです。
超スロージョギングだと乳酸が発生しない
番組の実験では、まったく走る習慣のない3名の被験者が、まず400mのトラックを1周しました。みなさんいいフォームで走っています。一般に「ランニング」といっているようなフォームです。ところが、これだと乳酸値が平常時の2~3倍に高まっていました。皆さん息が上がっています。次に超スロージョギングで1周。今度はなんと平常時の値と同じで、ほとんど乳酸値が上がっていないのです。それは、無酸素で働く速筋を使わず、有酸素で働く遅筋を使い、乳酸が発生しなかったから。これがいつまでも走り続けられる秘密だったわけです。
「ゆっくり走れば速くなる」理由
乳酸値は上がらなくても運動にはなっているわけで、エネルギーを使い、継続しているうちに体の組成が変化していきます。番組の被験者の場合は、1ヶ月ほどの間に末梢毛細血管が23%も増えていて、大変驚きました。ここで、ご紹介したいのは、病に倒れて亡くなった元日本電気ホームエレクトロニクス陸上部監督佐々木功さんが書かれた『ゆっくり走れば速くなる』(ランナーズ社 1986年)という、市民ランナーにはなんとも魅力的なフレーズの書名を持った本です。LSD(ロング スロー ディスタンス)の効用を説いた本ですが、その本の冒頭に「眠った血管を目覚めさせよ」という一章があります。
「血管自体は筋肉のなかを通っているのに、その血液が流れていない。いわば眠っている末梢毛細血管。これを目覚めさせ、その血管の中に血液を送り込み、生きた血管としなければなりません」。
末梢毛細血管を開発するには、ふつうの生活を送っていたのでは開発されず、かといって強い刺激を与えてもダメ。「弱い刺激を長時間にわたって与え続けることによってのみ、その眠った末梢毛細血管に少しずつゆっくりと血は送り込まれていき、やがて血の通った血管、生きた末梢毛細血管となっていくのです」と書いています。
番組の映像は、まさしくこのことを表していました。末梢毛細血管が筋肉にきめ細かく入り込むことによって、多くの栄養分や酸素を送り、老廃物を運び出すということ。これは血の巡りを生命活動の重要な要素とする中国医学の「気・血・水」の考え方と通じています。
「血」の流れがよくなると体調もよくなる
体の中をよく血が巡ることによって体の機能は順調に働く、血圧が正常化し、尿酸値が低下し、通じがよくなり、脳の働きまでよくなる。番組では乾燥肌が治ったと報告しているランナーがいましたが、これも血の巡りが改善したおかげでしょう。乳酸を発生させず、血液が隅々まで循環することでスタミナがついたのです。【関連記事】