
人生100年時代、定年は「仕事人生の終わり」とは限りません。では、60歳からの次なる仕事は、どんな基準で選べばいいのでしょうか。
『「まだ働かなきゃダメなんですか?」60歳からでもバリバリできる仕事力: 『島耕作』シリーズ作者が実践する、いつまでも楽しく働くコツ』(弘兼憲史著)は、同シリーズの生みの親が指南する人生100年時代の働き方バイブル。60歳以降も生き生きと働くために必要な心構えや、絶えず求められる仕事術、長期にわたり元気に働き続けるための健康法などを伝えています。
本書から一部抜粋し、定年後の仕事を「二期作」と「二毛作」に分けて考える弘兼氏の持論から、次のキャリアを選ぶ際に大切な考え方を紹介します。
定年後の仕事には「二期作」と「二毛作」がある
早い人だと、40代後半くらいになると定年後の働き方を考え始める人もいらっしゃると思います。定年後の働き方は転職や再雇用、起業に独立、といった選択肢があります。
次の仕事を何にするか、それを考えたときに2通りあると思います。僕は二毛作と二期作と呼んでいます。
二期作は同じような仕事をすること。例えば今まで定年前の仕事が経理なら、会社が変わっても同じ仕事内容の経理を選ぶことをいい、二毛作は経理だったけど蕎麦屋さんになるといった、まったく違う仕事をするということです。
二期作の場合は、新しい仕事になりますから、めぼしい人間に声かけをしておく。
碁でいうと布石を打っておくということになります。二期作はお金を儲けるというよりは、手堅く稼ぎたいという人に合った仕事の仕方だと思います。
二毛作の場合は、資格などを取得する必要があり、一から勉強しないといけないし、すぐに収入につながるわけではないので、お金に余裕がないとできません。
その代わり、大変ですが生きがいができるので面白い人生になるのではないでしょうか。定年がないので、年金をもらいながら長くできるのもいいところだと思います。
伊能忠敬は49歳で家業を隠居し、50歳で現在の千葉県の佐原から江戸に移り、天文学者の高橋至時に弟子入りし、55歳で日本全国を歩いて測量しました。
江戸時代後期に活躍した浮世絵師の葛飾北斎も、90歳になるまで楽しく仕事をしていました。そして彼が残した最後の言葉は、「あと10年、いや5年の時間があれば、画業を極められるのに」とも伝えられています。北斎は僕にとって目標です。僕も人生最後にすごい作品を生み出したいと思っています。
第二の人生は「稼ぐ」より楽しむことを大切に
どちらにしても定年前よりお金が儲かるということは考えずに、第二の人生を心置きなく楽しむというスタンスで臨みましょう。
ただし、ラーメンが好きでラーメン屋を始めたいという人はやめておいたほうがいいかもしれません。こだわりすぎてもダメですし、思いつきで始められるものでもありません。もしどうしてもしたいというならば、しっかりリサーチをしたほうがいいでしょう。
著者:弘兼 憲史(漫画家)
1947年山口県岩国市生まれ。早稲田大学卒業。松下電器産業に勤務の後、74年漫画家デビュー。85年『人間交差点』(原作 矢島正雄)で第30回小学館漫画賞青年一般部門、91年『課長 島耕作』 で第15回講談社漫画賞一般部門、2000年『黄昏流星群』 で第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、03年同作で第32回日本漫画家協会賞大賞を受賞。07年には紫綬褒章を受章している。主な作品はほかに、『ハロー張りネズミ』 『加治隆介の議』 など多数。現在は『社外取締役 島耕作』(「モーニング」)、『黄昏流星群』(「ビッグコミックオリジナル」)を連載中。






