危機遺産ってなんだ?
「エルサレム旧市街とその城壁」、神殿の丘にたたずむ聖地・岩のドーム。この世界遺産はイスラエルとパレスチナの対立のため、唯一所属国が明記されていない
世界遺産条約は、国家・文化・民族・宗教・性別等の枠組みを超えて、人類全体にとって現在及び将来世代に共通した重要性を持つ「顕著な普遍的価値」を有する文化遺産や自然遺産を保存・保全しようという活動だ。世界遺産リストに登録されたら終わりというものではなく、締約国には各国の世界遺産の恒久的な保護・保全が義務づけられている。
しかし、その価値が喪失の危機に直面した場合、世界遺産条約はそうした物件を「危機にさらされている世界遺産リスト(危機遺産リスト)」に掲載し、一致団結して援助を行うよう定めている。
■世界遺産条約第11条(抜粋。ガイド訳)
- 世界遺産委員会は必要に応じ、世界遺産リスト記載の物件のうち、大規模な保存事業が必要で、本条約に基づいて援助が要請されているものを「危機にさらされている世界遺産リスト」として作成・公表する
危機遺産リストの登録基準
従来の高さ制限を超える開発計画のため、2017年に危機遺産リストに掲載されたオーストリアの「ウィーン歴史地区」、シュテファン寺院からの眺め。高さがほぼ統一されているのがわかる (C) Roland Geider
<文化遺産の危機遺産リスト登録基準>
■確実な危険
(i) 材料の重大な劣化
(ii) 構造及び、または装飾の重大な劣化
(iii) 建築上・都市計画上の一貫性の重大な劣化
(iv) 都市・田園空間や自然環境の重大な劣化
(v) 歴史的真正性の重大な消失
(vi) 文化的意義の重大な消失
■潜在的な危険
(i) 保護の程度を弱くする資産の法的位置づけの変更
(ii) 保全に関する政策の欠如
(iii) 地域計画事業による脅威
(iv) 都市計画による影響
(v) 武力紛争の勃発又はおそれ
(vi) 地質学や気候など環境要因による漸進的な変化
<自然遺産の危機遺産リスト登録基準>
■確認な危険
(i) 絶滅危惧種や普遍的価値を有する生物種の重大な減少
(ii) 自然美または科学的価値の重大な低下
(iii) 完全性を脅かす資産境界などへの人間活動の侵食
■潜在的な危険
(i) 関係地域の法的保護状況の変更
(ii) 資産に影響を与える場所への移住・開発計画
(iii) 武力紛争の勃発または恐れ
(iv) 管理計画や管理体制の欠如、不備、不十分な執行
危機遺産リストの運用と監視体制
シリアの世界遺産「古都アレッポ」、グレート・モスク。シリア内戦の影響で2012~13年にかけてたびたび攻撃を受け、写真のミナレット(塔)は2013年4月に倒壊した
危機遺産リストに登載された場合は、世界遺産基金の活用や技術スタッフの派遣、調査や保護計画の立案、実際の保護・修復作業など財政的・技術的援助を受けることができ、毎年の世界遺産委員会において状況報告が義務づけられている。十分な改善が行わず、価値が失われたと判断されると世界遺産リストからの抹消も検討される。
危機遺産リストへの登録要請は、その世界遺産を所有する国だけが行うわけではない。世界遺産を監視し合い、国際的な協力体制を築いていくのも世界遺産条約が掲げる目的のひとつなのだ。下記のユネスコの危機遺産のページには、世界遺産の危機を知らせるための連絡先も記載されている。
【関連サイト】
・ユネスコの危機遺産のページ(英語)
近年の世界遺産委員会ではしばしば「改善しなければ危機遺産リストに登録する」「世界遺産リストから抹消する」という警告が発せられている。この抑止力によってギザのピラミッドの近くに道路を通す計画が修正され、ダム建築計画が持ち上がったイグアスの滝でも計画が撤回され、グレートバリアリーフでも長期的な管理計画の策定につながるなど一定の結果を出している。
世界遺産条約前文には、世界遺産は「人類全体の遺産として保護する必要がある」とある。世界遺産はその国だけのものではない。必要とあらば国さえ動かさなくてはならないのだ。
世界遺産リストからの抹消
かつて「バグラティ大聖堂とゲラティ修道院」の名前で世界遺産リストに登録されていた元世界遺産、ジョージアのバグラティ大聖堂。現在は「ゲラティ修道院」の単独登録となっている
■世界遺産リストから登録抹消された元世界遺産
- アラビアオリックスの保護区(オマーン、1994年世界遺産登録、2007年抹消)
- ドレスデン・エルベ渓谷(ドイツ、2004年世界遺産登録、2009年抹消)
「ドレスデン・エルベ渓谷」の場合は、建設予定の橋がエルベ渓谷の文化的景観を損なうとして、世界遺産委員会はこの物件を危機遺産リストに入れて度重なる警告を行った。しかし、住民投票でも架橋賛成が多数を占めたため橋の建設を強行した結果、世界遺産リストから抹消された。
抹消の基準は以下のように定められている。
- 世界遺産一覧表への登録を決定づけた資産の特徴が失われるほど資産の状態が悪化していた場合
- 世界遺産資産の本来の特質が、登録推薦の時点で既に人間の行為により脅かされており、かつ、その時点で締約国によりまとめられた必要な改善措置が、予定された期間内に実施されなかった場合
こちらは文字通り大聖堂と修道院で構成される世界遺産だが、バグラティ大聖堂の修復・再建計画が持ち上がると世界遺産委員会は危機遺産リストに登載し、幾度もの警告を行った。しかし、2013年に再建が強行され、コンクリートや鉄を使ったり、推測による修復を行ったため価値が失われたと判断され、2017年に構成資産から外された。これに伴い世界遺産名は「ゲラティ修道院」に変更されている。
救われた危機遺産
ドイツの世界遺産「ケルン大聖堂」。一時は世界遺産リストからの抹消も検討されたが、ケルン市はバッファーゾーン(緩衝地帯)を拡大し、いっそう広範囲にわたって景観を守る決定を下して危機を脱した
■ドブロブニク旧市街(クロアチア):1991年登録→1998年解除
ユーゴスラビア紛争において、クロアチアが独立を求めてセルビア人勢力と対立。ドブロブニクも戦場となり、砲撃を受けて崩壊の危機に直面した。1995年の戦争終結後、ユネスコを中心に国際的な協力体制の下で十分な修復が行われたことから、1998年にリストから解除された。
■イグアス国立公園(ブラジル):1999年登録→2001年解除
道路建設による環境への影響を懸念してリストに登録。その後、道路計画が変更されたためリストから解除された。近年、世界遺産周辺の道路や橋・ビルの建設計画が持ち上がってリスト入りする物件も少なくない。
■イエローストーン(アメリカ):1995年登録→2003年解除
鉱山開発や観光に伴うゴミなどの問題、水質汚濁、バイソンの個体数減少などが深刻化したため登録された。その後、鉱山の開発計画の見直しや国立公園の管理体制が充実したため、リストから解除された。
■アンコール(カンボジア):1992年登録→2004年解除
1949年の独立から戦争・内戦を繰り返してきたカンボジア。アンコールは遺跡の崩壊・盗掘・略奪の危機に直面し、世界遺産登録と同時に危機遺産リストに掲載された。日本をはじめ各国の支援や国内の保護・修復活動の高まりによりリストから外された。
■ケルン大聖堂(ドイツ):2004年登録→2006年解除
近郊の高層ビル建築計画が文化的景観を損ねるとして、世界遺産からの抹消も検討された。しかし、ビル計画を中止し、バッファーゾーンを広げるなどの努力が実り、2006年7月に危機遺産リストから外された。
危機遺産全リスト
数兆円規模の開発と景観保護の問題に揺れるイギリスの世界遺産「海商都市リヴァプール」、アルバート・ドック
<ヨーロッパ>
■コソボの中世遺跡群
セルビア、2004年、文化遺産(ii)(iv)、2006年
コソボ共和国内にある世界遺産。コソボは国連の暫定統治機構が展開するセルビア共和国内で事実上独立した状況にあり、日本も独立を承認している。しかし、セルビアは容認しておらず、体系的な保全が難しいことから危機遺産リスト入りした。
■海商都市リヴァプール
イギリス、2004年、文化遺産(ii)(iii)(iv)、2012年
数兆円規模の港湾再開発計画が持ち上がり、世界遺産と周辺の歴史的景観に不可逆的な影響を与えるとして危機遺産リスト入りとなった。経済的な影響も大きいことから住民の意見も割れており、予断を許さない。
■ウィーン歴史地区
オーストリア、2001年、文化遺産(ii)(iv)(vi)、2017年
周辺で再開発計画が進められており、特にアイスステート・リンクやホテルを含む複合ビルがこれまでの歴史地区の高さ制限を超えることから歴史的都市景観に悪影響を与えるとしてリストに加えられた。
関連記事→ウィーン歴史地区
約800万人が犠牲になったとされ、「人を食う山」と恐れられたボリビア「ポトシ市街」のセロ・リコ銀山。最盛期は世界の銀の半分を産出したという
■チャンチャン遺跡地帯
ペルー、1986年、文化遺産(i)(iii)、1986年
エルニーニョ現象による降水量増加や温暖化による河川や地下水の水量増加によって、日干しレンガや土壁が溶け出している。また、塩害による劣化も激しく、排水設備の整備や修復活動の拡充が図られている。
■コロとその港
ベネズエラ、1993年、文化遺産(iv)(v)、2005年
2004年11月~2005年2月にかけての豪雨による遺産破壊と、新しい建築物の建設による景観や価値の破壊、適切な管理・保護の計画・体制の不備が懸念されている。
■エバーグレーズ国立公園
アメリカ、1979年、自然遺産(viii)(ix)(x)、2010年
2007年に一旦リストから外されたが、河川の流入量は60%も減り、水の富栄養化等により湿地や河川の環境はふたたび悪化してしまった。アメリカは自ら危機遺産リスト入りを提案した。
■リオ・プラタノ生物圏保護区
ホンジュラス、1982年、自然遺産(vii)(viii)(ix)(x)、2011年
1996年に危機遺産リスト入りし、2007年に解除されていたが、世界遺産登録地における違法な伐採や乱獲・密猟、土地の不法占拠、麻薬組織の暗躍などからホンジュラス政府の要請でふたたび危機遺産となった。
■パナマのカリブ海沿岸の要塞群:ポルトベロとサン・ロレンソ
パナマ、1980年、文化遺産(i)(iv)、2012年
城壁や砲台などの資産は補強が必要で、風雨の浸食も進んでおり、何より10年以上前から警告しているにもかかわらず十分な保護計画が進んでいないことからリスト入りとなった。
■ポトシ市街
ボリビア、1987年、文化遺産(ii)(iv)(vi)、2014年
坑道は劣化もあって落盤・崩落の危機に直面しており、細々と続く採掘によって崩壊が促進され、環境破壊も懸念されている。また、関連法の整備も不十分であることから危機遺産入りとなった。
■カリフォルニア湾の島々と保護地域群
メキシコ、2005年、自然遺産(vii)(ix)(x)、2019年
希有な生物多様性と豊富な固有種から「世界の水族館」の異名を持つ。IUCNレッドリスト絶滅寸前種(近絶滅種)のコガシラネズミイルカの生息数がわずか10頭ほどとなり、刺網漁など違法操業の取り締まりや監視態勢の強化が勧告されリスト記載となった。
タリバンによる2体の大仏の爆破映像が世界に衝撃を与えたアフガニスタンの「バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群」、バーミヤン渓谷 (C) Alessandro Balsamo
■エルサレム旧市街とその城壁
ヨルダン申請、1981年、文化遺産(ii)(iii)(vi)、1982年
イスラエルとパレスチナの不安定な政治状況や両者の意思を反映した統一的な管理者の不在、実質的な統治者であるイスラエルによる無秩序な都市化や急激な観光開発、現状を変える遺跡発掘などによりリスト入りした。
関連記事→聖地エルサレム
■古都ザビード
イエメン、1993年、文化遺産(ii)(iv)(vi)、2000年
都市化、ビルの増加、違法建築によりリスト入り。多数の住人が旧市街からビルへ移動するなど、古都の保全環境が放棄・破壊されつつあり、景観の維持が難しくなっている。
■ジャムのミナレットと考古遺跡群
アフガニスタン、2002年、文化遺産(ii)(iii)(iv)、2002年
アフガニスタン侵攻に伴う損傷や盗掘、河川による浸水、周辺道路の建設、保護体制の不備などによりリスト入り。道路などのインフラ整備と両立可能な保護体制の確立が急がれている。
■バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群
アフガニスタン、2003年、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv)(vi)、2003年
2001年3月、タリバンにより2体の仏像が爆破された事件は世界的なニュースとなった。爆破の影響もあって仏像があった周辺の仏龕や壁画・レリーフは崩壊の危機に瀕しており、また略奪や盗掘などの被害もあってリスト入りした。
■アッシュール(カラット・シェルカット)
イラク、2003年、文化遺産(iii)(iv)、2003年
チグリス川における大規模なダム開発計画のため水没の危機に直面しており、また適切な保護体制の欠如が指摘されている。世界遺産登録と同時に危機遺産リストに掲載された。
■都市遺跡サーマッラー
イラク、2007年、文化遺産(ii)(iii)(iv)、2007年
2003年のイラク戦争の影響から、世界遺産登録と同時に危機遺産リスト入りした。テロによる遺跡破壊や遺跡内での農作など、管理体制の不備が指摘されている。
■スマトラの熱帯雨林遺産
インドネシア、2004年、自然遺産(vii)(ix)(x)、2011年
違法な伐採や密猟、不法侵入による農地開拓が横行し、加えて熱帯雨林を横切る道路の建設計画が立ち上がったことから危機遺産リストに加えられた。
■古都ダマスカス
シリア、1979年、文化遺産(i)(ii)(iii)(iv)(vi)、2013年
メソポタミア、エジプトをつなぐ「肥沃な三日月地帯」の要衝で5000年の歴史を誇る古都。シリア内戦の被害を受け、2013年にシリアの6件の世界遺産が同時に危機遺産リストに掲載された。
■古代都市ボスラ
シリア、1980年、文化遺産(i)(iii)(vi)、2013年
3000年以上の歴史を誇り、ナバテア、ローマ、イスラムの影響が残る古都ながら、やはりシリア内戦による爆撃などの被害が報告されており、影響が懸念されている。
■パルミラの遺跡
シリア、1980年、文化遺産(i)(ii)(iv)、2013年
こちらも内戦による被害からリスト入りした。一帯は一時IS(イスラム国)に支配され、バール・シャミン神殿、ベル神殿、ローマ記念門、テトラピュロン(門柱)、塔墓群の一部が破壊されている。
関連記事→パルミラの遺跡/シリア
■古都アレッポ
シリア、1986年、文化遺産(iii)(iv)、2013年
シリア内戦の被害がもっとも大きな世界遺産で、2012年に数千年の歴史を誇るスーク(市場)の店舗約千軒が焼失し、2013年には最古級のモスクのひとつであるグレート・モスクのミナレット(塔)が倒壊した。
関連記事→古都アレッポ/シリア
■クラック・デ・シュバリエとカラット・サラディン
シリア、2006年、文化遺産(ii)(iv)、2013年
ふたつの世界遺産周辺も戦地となっており、近隣への空爆や砲撃によりクラック・デ・シュバリエの城壁の一部破損が伝えられている。
関連記事→クラック・デ・シュバリエ/シリア
■シリア北部の古代村落群
シリア、2011年、文化遺産(iii)(iv)(v)、2013年
シリア北部の山岳地帯に残る1~10世紀にわたる村落跡。ローマ~ビザンツ~イスラム時代の遺跡が残るが、やはり内戦の影響が懸念されている。
■パレスチナ:オリーブとワインの地-エルサレム南部バティールの文化的景観
パレスチナ、2014年、文化遺産(iv)(v)、2014年
上記に続くパレスチナの緊急的登録推薦物件で、世界遺産登録と同時に危機遺産となった。イスラエルの分離壁建設が進んでおり、バティールの美しい文化的景観が破壊されつつある。
■サナア旧市街
イエメン、1986年、文化遺産(iv)(v)(vi) 、2015年
2014年9月にイスラム教シーア派の一派である武装勢力フーシ派がサナアを制圧したのに対し、スンニ派のサウジアラビアを中心に空爆を行っており、世界遺産の旧市街も爆撃されている。
■シバームの旧城壁都市
イエメン、1982年、文化遺産(iii)(iv)(v)、2015年
「最古の摩天楼」「砂漠のマンハッタン」の異名をとる美しい世界遺産だが、「サナア旧市街」と同様、シーア派とスンニ派、あるいはタリバンやISといった勢力の争いに巻き込まれている。
■ハトラ
イラク、1985年、文化遺産(ii)(iii)(iv)(vi)、2015年
ローマ帝国に対してパルティアが築いた軍事要塞都市で、ローマ帝国最大版図を築いたトラヤヌス帝らの侵攻を退け、前線基地として活躍した。2015年3月、ISによって遺跡が爆破され、大きく損傷した。
■シャフリサブス歴史地区
ウズベキスタン、2000年、文化遺産(iii)(iv)、2016年
ティムールの出身地で、彼が築いた華麗な都市遺跡が残っている。しかし、政府は周辺に道路や庭園・ホテルといった観光施設を次々と建設しており、景観に不可逆的な影響を与えつつあると懸念されている。
■ヘブロン/アル-ハリール旧市街
パレスチナ、2017年、文化遺産(ii)(iv)(vi)、2017年
パレスチナによる3件目の緊急的登録推薦物件。ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の共通の始祖であるアブラハムの墓があることから3教の聖地とされている。ユダヤとパレスチナの支配域が連なっており、国際監視団が展開している。
<オセアニア>
■東レンネル
ソロモン諸島、1998年、自然遺産(ix)、2013年
サンゴ礁が隆起して誕生した世界最大のサンゴ島で、テガノ湖は太平洋の島に存在する最大の湖。島を覆う熱帯雨林の伐採が生態系に影響を与えているため、政府に環境影響評価の提出を求めている。
■ナン・マドール:東ミクロネシアの儀式の中心地
ミクロネシア、2016年、文化遺産(iii)(iv)(vi)、2016年
人工島の上に宮殿・寺院・墓・住居等が築かれているが、砂の堆積などによって水路が塞がれ、マングローブ林が遺跡を侵食するなどの被害が出ていることから、2016年に世界遺産リストと同時に危機遺産リストに登載された。
スーダン・サヘル様式と呼ばれる泥と木材の建築であるため風雨の浸食が進むマリの「ジェンネ旧市街」、グレート・モスク(泥のモスク) (C) Andy Gilham
■ニンバ山厳正自然保護区
ギニア/コートジボワール、1981年、自然遺産(ix)(x)、1992年
鉱山開発、大規模な難民流入、密猟、森林焼失などにより危機遺産リスト入りした。紛争の悪化で特にコートジボワール側は政府でさえも管理できない状態にある。
■アイルとテネレの自然保護区群
ニジェール、1991年、自然遺産(vii)(ix)(x)、1992年
戦争による混乱と保護体制の不備からリスト入り。軍事衝突と市民暴動は沈静化しつつあるが、密猟や天然資源の不法採掘、土地の浸食が深刻化している。
■ヴィルンガ国立公園
コンゴ民主共和国、1979年、自然遺産(vii)(ix)(x)、1994年
難民や軍の流入に伴う人口増加と、燃料や食料となる動植物の不法伐採・密漁が深刻化し、保護を行うレンジャーの殺害や観光客の誘拐といった事件も起きている。近年は政府による石油開発計画が懸念を呼んでいる。
■ガランバ国立公園
コンゴ民主共和国、1980年、自然遺産(vii)(x)、1996年(再登録)
反政府勢力の不法駐留、難民流入、密猟、鉱山開発などによりリスト入り。1992年、絶滅の危機に瀕していたIUCNレッドリスト絶滅寸前種(近絶滅種)のキタシロサイの保護を行って一度はリストから外されたものの、紛争の激化に伴い1996年に再登録。残り10頭以下とされ、絶滅は不可避に近いともいわれる。
■オカピ野生生物保護区
コンゴ民主共和国、1996年、自然遺産(x)、1997年
1997年にコンゴ東部一帯に広がった紛争の影響で、難民流入、密猟、森林伐採、金鉱開発などが横行して危機遺産リストに登録された。状況はカフジ - ビエガ国立公園と同様。
■カフジ - ビエガ国立公園
コンゴ民主共和国、1980年、自然遺産(x)、1997年
戦争や内戦に伴う森林伐採や密猟、鉱山開発、難民流入によりリスト入り。難民ばかりでなく、武装した軍隊の不法駐留が密猟や自然破壊を拡大しているが、対策がとれずにいる。
■マノヴォ - グンダ・サン・フローリス国立公園
中央アフリカ、1988年、自然遺産(ix)(x)、1997年
重武装したハンターによる密猟や非合法の畑作・放牧が横行して生態系が破壊されている。国外からの密猟者も多く、治安の悪化から開発も観光も中止されている。
■サロンガ国立公園
中央アフリカ、1984年、自然遺産(vii)(ix)、1999年(再登録)
シロサイ絶滅の危機を脱して1992年に一旦はリストから外されたが、紛争激化に伴って最前線と化し、1999年に再登録。コンゴの5つの世界遺産はすべて危機遺産となった。
■アブ・メナ
エジプト、1979年、文化遺産(iv)、2001年
農業用地の開発計画がもたらした劇的な水位上昇によって乾燥した土壌が軟化。これに伴って周辺の多くの建物が倒壊の危機にある。
■ニオコロ - コバ国立公園
セネガル、1981年、自然遺産(x)、2007年
密漁が増加し、ダム計画が進行中。上流にダムが完成した場合、ガンビア川の洪水がなくなり、草原が消滅するなど環境変化に伴う生態系への不可逆的な影響が懸念されている。
■カスビのブガンダ歴代国王の墓
Tombs of Buganda Kings at Kasubi
ウガンダ、2001年、文化遺産(i)(iii)(iv)(vi)、2010年
2010年3月16日、ブガンダ王国の宮殿であり、ガンダ族の聖地となっていた王墓が焼失してしまった。13世紀から続くブガンダの貴重な建造物であり、再建が望まれている。
■アツィナナナの雨林
マダガスカル、2007年、自然遺産(ix)(x)、2010年
管理が不十分であるため不法な森林伐採やキツネザルをはじめとする野生動物の密猟が横行しており、材木や動物たちが市場に出回ってしまっている。
■トンブクトゥ
マリ、1988年、文化遺産(ii)(iv)(v)、2012年
2012年4月、アザワド解放民族運動MNLAとイスラム過激派組織アンサル・ディーンがマリ北部を制圧し、アザワド国の独立を宣言。5月にはアンサル・ディーンがトンブクトゥに侵入し、3つの墳墓を破壊した。
■アスキア墳墓
マリ、2004年、文化遺産(ii)(iii)(iv)、2012年
事情はトンブクトゥと同じ。どちらもマリ政府がリスト入りを要請し、承認された。世界遺産委員会は周辺国にこれらの遺産の文化財が流出しないよう監視を求めるとともに、国際的な協力・支援を要請した。
■セルー・ゲーム・リザーブ
タンザニア、1982年、自然遺産(ix)(x)、2014年
密漁のため野生動物が急減しており、アフリカゾウに至ってはこの40年で11万頭から1万5千頭へ90%も減少した。ユネスコはタンザニア国内の密輸マーケットや輸入先の中国などを訪れて調査を行い、対策を進めている。
■ジェンネ旧市街
マリ、1988年、文化遺産(iii)(iv)、2016年
泥と木で造られたスーダン・サヘル様式を特徴とするが、風雨による浸食の被害を受けている一方で、都市化などによって適した建築素材が得られないことなどから保護・保全状況が悪化している。
■レプティス・マグナの古代遺跡
リビア、1982年、文化遺産(i)(ii)(iii)、2016年
北アフリカにおけるローマ帝国の主要都市のひとつで華麗な遺跡が残っている。2011年にカダフィ政権が倒れて以降、リビアは事実上の内戦状態に陥っており、十分な保護・保全体制がとられていない。
■サブラータの古代遺跡
リビア、1982年、文化遺産(iii)、2016年
古代ローマ以前、フェニキア人によって築かれた古代都市遺跡。リビアにおける状況は前出の「レプティス・マグナの古代遺跡」と同様で、2016年にリビアのすべての世界遺産がまとめて危機遺産リストに登載された。
■キレーネの古代遺跡
リビア、1982年、文化遺産(ii)(iii)(vi)、2016年
もともとは古代ギリシアの人々が入植したギリシア都市で、のちにローマ帝国の版図に入ってローマ風に建て替えられた。危機遺産リスト入りの理由は上に同じ。
■タドラット・アカクスのロックアート遺跡群
リビア、1985年、文化遺産(iii)、2016年
アルジェリア国境近くの砂漠地帯に位置する岩絵群で、キリンやゾウなどさまざまな動物が描かれており、かつてこの地に豊かな緑があったことを伝えている。リスト入りの理由は上に同じ。
■ガダーミスの旧市街
リビア、1986年、文化遺産(v)、2016年
砂漠の民トゥアレグ族が築いた美しいオアシス都市で、白い壁画のシンプルな家々の内部はマグレブ美術と呼ばれる装飾で彩られている。リスト入りの理由は上に同じ。
■トゥルカナ湖国立公園群
ケニア、1997年、2001年範囲変更、自然遺産(viii)(x)、2018年
エチオピアに建設されたダムが2015年に稼働をはじめてから水位が低下し、季節による水位変動がなくなるなど環境への影響が現れている。灌漑プロジェクトも進行中で、農薬の流入など生態系の破壊が懸念されている。