“名店は人なり”を貫いた名著
団田芳子著『私がホレた旨し店』(西日本出版社)
身構えることなく自然体で楽しい時間を過ごせるのは、大阪の知人たちのおかげである。なかでも団田芳子さんにはしばしば美味しい料理店、いや旨い店に連れてっていただいており、とても感謝している。
団田さんは関西の食の世界で著名な文章家であり、テレビなんぞにもよく出演しているらしい。あんまりそのへんのことは詳しく知らないが、わたしは彼女の書く文章のファンである。正直にいえば、歴史をふまえて市井の人をからめながら独自の視点で描いた旅行記が秀逸で、皆が認める食の記事よりもそちらのほうをわたしは好む。
とはいえ大阪に出かけたときに必ず団田さんに連絡を入れるのは、素敵な女性に頼りながら楽しく美味しい食事をしたいがためだ。その彼女がまた本を出した。これまでこのサイトで『大阪名物』『関西名物』(創元社/共著)を紹介しているが、今回は完全に団田節だけでまとめた本である。
タイトルは『私がホレた旨し店』(西日本出版社刊/¥1,500税別)。団田さんが惚れ込んだ大阪の店50軒が登場する。和洋中の本格料理店に居酒屋からバーまで幅広い。
潔い本だ。店舗写真なんぞ一枚もない。料理や酒のモノクロ・イラストが1店舗につき1点だけ。とにかく読め!である。文章一本、直球勝負。そして“名店は人なり”の姿勢に貫かれている。
わたしはコピーライターが本業ではあるが、15年くらい前までは、雑誌にバー紹介の連載やバー特集企画をやっていた。その頃、いろんな人からいいバーを教えてくださいと聞かれて困った。いいバーとは、人それぞれに感じ方が違う。だから土地土地で無難な店を伝えていた。わたしはその時の気分で一軒目を決める。だからそのときに行こうとするバーがいい店なのだ。
“バーは人なり”で、客とバーテンダーの波長が合うかどうかである。いくら内装がよくても、カクテルコンペで優秀な成績をおさめていたとしても、飲み手として居心地が悪かったらそのバーはその客にとって名店ではない。
文章家としての団田さんの潔さが羨ましい。文章だけで読者を導ける凄みがある。
ただの旨い料理の話ではない。料理人や店主との交流、細かなやり取りを含め、人間をきちんと描いている。自分の物語をきちんと紡いでいる。だから読んでいると登場する人物に好感を抱いてしまう。全部の店に行きたくなってしまう。
紹介されているバーにもわたしは行かなくてはならなくなった。バーカウンターの中にいる人に会ってみたい。そこに集う客たちを眺めてみたい。
大阪に行く機会は当面ないが、無理矢理つくろうと思う。
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