タイプ2 ベース奏者 オスカー・ペティフォード「ラッキー・トンプソン・ミーツ・オスカー・ペティフォード」より「トリクロティズム」

 

LUCKY THOMPSON MEETS OSCAR PETTIFOR

LUCKY THOMPSON MEETS OSCAR PETTIFOR

タイプ2は、作曲者本人よりも、ほかの人の方が名演がある名曲です。

オスカー・ペティフォードは、モダン・ジャズ初期に活躍した大物ベース奏者。このジャケットでは向かって右側の大口開けて、笑っているようにも、何かを叫んでいるようにも見える人です。作曲も得意で、今回ご紹介する「トリクロティズム」や「ブルース・イン・ザ・クローゼット」「ボヘミア・アフター・ダーク」など名曲を多く残しています。

実績、実力十分なオスカーですが、その割にはあまり知られていないアンダーレイテッドなミュージシャンの代表格と言えます。

理由として考えられるのが、1958年というモダン・ジャズ最盛期に、ヨーロッパへ渡ってしまったこと。そのためジャズの中心から外れた印象があること。病気によりそのまま早逝してしまった(1960年、37歳)ことが挙げられます。

年齢から言えば、同じベース奏者ではチャールズ・ミンガスと同い年で、ほぼ同時期に活躍したので、本来ならば同じくらい有名になっていてもおかしくなかったオスカーです。

チャールズとの類似点はそれだけではありません。二人ともデューク・エリントン楽団の出身です。そして、ともにバンドリーダーになりました。その上、二人して強烈な癇癪持ち。

暴力的で、メンバーはもちろん態度の悪いお客に対しても鉄拳をふるったという伝説があるチャールズに対して、オスカーの場合は、もっぱら共演者への露骨な罵倒やいじわるがあったようです。

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同じモダン・ジャズ期のベース奏者ビル・クロウの著作「ララバイ・オブ・バードランド」(邦題「さよならバードランド」村上春樹訳)には、オスカーがドラム奏者のジョー・ジョーンズに演奏中ずっと悪口を言い続けるくだりがあります。
 
さよならバードランド―あるジャズ・ミュージシャンの回想

さよならバードランド―あるジャズ・ミュージシャンの回想

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そのさまは、やはり同じミュージシャン同士でもあまり印象の良くない出来事として、「心の通い合いがまったくなかった」と語られています。

オクラホマの田舎に生まれたオスカー。ベース奏者として歩んできた道は、ニューヨークでチャーリー・バーネット楽団をはじめ、伝説のビ・バップ発祥の地「ミントンズ・プレイハウス」、デューク・エリントン楽団ウッディ・ハーマン楽団など、都会的な超一流バンドでのものです。

そのオスカーが、カンザスシティから出てきたカウント・ベイシー楽団の花形ドラム奏者だったジョーに対して、「おいおい父っつぁん、しっかりしろや、カンザスのブルースじゃねえんだよ」と演奏中ずっと罵倒する姿は目に浮かぶようです。

チャールズ・ミンガスにしてもオスカーにしても、こと人間性においてはよく言われることが少ないミュージシャンですが、どちらも作曲をよくし、名曲を多く残しています。

違いは、チャールズの場合は、ほとんどの曲の決定盤が自身の演奏であることに対して、オスカーの場合は、もちろん自身でも演奏していますが、むしろ別のプレイヤーによるもののほうが、演奏としては有名になっている点です。

この「ラッキー・トンプソン・ミーツ・オスカー・ペティフォード」による「トリクロティズム」も、盟友のテナーサックス奏者ラッキー・トンプソン(ジャケット左のひげ)の奮闘があればこその名演となっていますが、これぞ決定盤には物足りない惜しい演奏です。

この「トリクロティズム」という曲は、よほどベーシストの演奏欲を喚起させるのか、有名無名の多くのベース奏者が取り上げており、モダン・ジャズ・ベース界では必修曲のようになっています。

その中でも、ものすごいテクニックで弾き切るニールス・ヘニング・オルステッド・ペデルセンによるものなどもありますが、そもそものオスカーのイメージに沿って、しかも名演と言えるのは、ほぼ同時期に活躍した名ベース奏者、レイ・ブラウンのものでしょう。

レイ・ブラウンもこの曲を気に入り、ことあるたびに演奏していますが、極めつけは、自身のビッグバンドでの演奏です。
 
オールスター・ビッグ・バンド+ミルト・ジャクソン/レイ・ブラウン

オールスター・ビッグ・バンド+ミルト・ジャクソン/レイ・ブラウン

 
ここでは、レイのベースが本当に楽しそうに、このベース奏者にとっての課題曲をやすやすと弾いていきます。ゲスト参加のアルト奏者キャノンボール・アダレイも、いつも通りのキレのよさで、演奏にまさに華を添えます。

このキャノンボールは、まさにオスカーによって見出された逸材です。

1955年のある日、オスカーのバンドが演奏しているところに、見知らぬ大男がアルトサックスをもって客としてあらわれました。そして、丁度サックス奏者が遅れていたオスカーたちと一緒に演奏を始めたのです。見知らぬ男に対して、オスカーは急速調の曲で手荒く迎えました。

そのオスカーの愛のムチを見事クリアして、周りをあっと言わせたサックス奏者こそが、フロリダからニューヨークにやってきたばかりの無名のキャノンボールだったのです。

それからは、一転いじわるな気持ちを捨て、オスカーはキャノンボールと一緒に演奏し、彼をニューヨークの音楽シーンに紹介していったのです。いわば、キャノンボールにとっては、オスカーは最初のそして大事な恩人でもあったのです。

そんな非常に人間くさいオスカーの不運な点は、この「トリクロティズム」もそうですが、ほかの代表曲でも自身でこれといった決定盤がないということかもしれません。

「ブルース・イン・ザ・クローゼット」はピアノ奏者バド・パウエル、「ボヘミア・アフター・ダーク」はケニー・クラークの演奏が有名盤となっています。どちらにもオスカーは参加していません。

こうなると本家のオスカーの立場がないところですが、そこは、音楽に厳しいがゆえに周りのミュージシャンに厳しかったオスカー。むしろ自分の曲が上手なプレイヤーに沢山演奏され、本望なのではないでしょうか。

今回のジャケットでの屈託のない表情を見ていると(向かって右側の横顔)、どうにもそう思えてなりません。

次のページでは、作曲者の決定盤以外では考えられない、ワン・アンド・オンリーな名曲の登場です!

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