ブッカー賞受賞作家「マイケル・オンダーチェ」の「バディ・ボールデンを覚えているか」


バディ・ボールデンを覚えているか

バディ・ボールデンを覚えているか

彼からジャズが始まった! と言われる、伝説のコルネット奏者「バディ・ボールデン」。現存する録音は一切なく、ある日突然に精神に異常をきたし、その半生を精神病院で過ごした、と言われています。

まさに歴史のブラックホールに吸い込まれてしまったかのようなレジェンドの生涯を、史実と詩や小説を織り交ぜて綴ったドキュメント・ノベルです。

ニューオリンズ・ジャズの開祖とも言われるバディの演奏は、今では聴く事が出来ませんが、その流れをくむまさに当時そのままの音を聴かせてくれるのが、クラリネット奏者の「ジョージ・ルイス」です。

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ジョージ・ルイス 「ジャス・アット・オハイオ・ユニオン」より「ハイ・ソサエティ」


Jass at the Ohio Union

Jass at the Ohio Union

ジャズは、ニューオリンズより始まり各地に広がります。決定的だったのは、第一次世界大戦の影響により、ニューオリンズの歓楽街が閉鎖された事です。

名のあるミュージシャンは、シカゴやニューヨークに移って行きましたが、数は少ないもののニューオリンズに残り、アマチュアとして伝統を守った人々もいました。その中の代表的な一人が、クラリネット奏者の「ジョージ・ルイス」です。

最初に注目してほしいのは、その題名です。「JASS AT THE OHIO UNION」。ジャケットにもはっきりと「JASS」(ジャス)とあることです。JASSとはもちろんジャズのことです。そもそも「JAZZ」と言う語源ははっきりしていませんが、ジョージ・ルイスの時代には、「JAZZ」という呼び方がそれほど定着していなかったことがわかります。

そして、ジョージ・ルイスが誇りをもって「JASS」と自らの音楽を呼んでいたことがわかります。現在では、「JAZZ」が一般的ですが、もしジョージ・ルイスらがニューオリンズにとどまらずに、シカゴやニューヨークに進出したとしたら、もしかしたら「JASS」だった可能性もあるのか? などと、想像するだけで楽しい気分になります。

この録音では、演奏する喜びに満ちたジョージ達ニューオリンズの仲間による、生きたニューオリンズジャズを聴く事が出来ます。録音は1954年、オハイオ州立大学で行なったコンサートの実況盤です。

全曲楽しい出来で、特にこの曲「ハイ・ソサエティ」では、曲が始まって2:05あたりから「ジョージ・ルイス」が幾度となく繰り返すリフ(短い旋律の繰り返し)が、印象的です。

そしてそのフレーズは、「ビ・バップ」におけるアドリブのクオーテーション(引用句)の代表的フレーズとして、前述のチャーリー・パーカーを含め、色々なバッパーが、自身のアドリブに取り込んでいます。

その中でも、何といってもハマっているのは、アルトとテナーを両方自在に操るソニー・スティットの「スティット、パウエル&JJ」の一曲目、「神の子は皆踊る」です。

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ソニー・スティット「スティット、パウエル&JJ」より「神の子は皆踊る」


Sonny Stitt, Bud Powell, J.J. Johnson

Sonny Stitt, Bud Powell, J.J. Johnson

このCDは、1949年と50年の二つのセッションを一緒にしたもので、特に49年のピアノ奏者バド・パウエルとのセッションは、バップの聖典とも言われる名演で有名です。

普段は、アルトとテナーの半々かもしくはアルトを吹く事が多かった当時のスティットでしたが、この時はテナー一本で猛烈にスイングします。特にこの一曲目「神の子は皆踊る」は、次々と繰り出される二人の火花散る競演により、ビバップを代表する演奏と言ってよいものです。

特にバドのピアノによるイントロは、すこぶる快調で、続くスティットによるテーマもさらに絶好調。そしてアドリブの1コーラス目(0:35より)が、「ジョージ・ルイス」の吹いている「ハイ・ソサエティ」からの引用になっています。

古い「スイング」ミュージックの殻を破り新しさを追求した「ビ・バップ」が、実はそれ以前のジャズの土台から育って行ったものだと言う事を確認できる瞬間です。

それにしても、このCDでのスティットとバドは、まさにスイングの塊。快演を維持したまま次々と録音をしていきますが、その異常なまでの好調さには少しばかり秘密がありそうです。

バップの聖典「スティット、パウエル&JJ」が名演になった秘密とは…

この時に、吹きこまれた曲は八曲。この内「ファイン・アンド・ダンディ」のみ2テイク残されていますので、全部で9テイクになります。この中で、実はキー(曲の基本となっている調)が「F」のものが四曲、「Bフラット」が三曲。バラードの「サンセット」のみが「Eフラット」という構成になっています。

曲目
1. 神の子は皆踊る   キー(調)オブ 「F」
2. ソニー・サイド             「Bフラット」
3. バズ・ブルース             「Bフラット」
4. サンセット                「Eフラット」
5. ファイン・アンド・ダンディ(テイク1)  「F」
6. ファイン・アンド・ダンディ(テイク2)  「F」
7. ストライク・アップ・ザ・バンド     「Bフラット」
8. 幸福になりたい             「F」
9. 恋のチャンスを             「F」

つまりスティットは、もちろんコード進行はそれぞれ違いますが、テナーサックスで自分の得意のキーしかやらなかった、という事です。(テナーのキーに移調すると、それぞれG、C、Fになります)

そのせいか、違う曲なのに、アドリブに入るとなぜか同じような耳馴染みのフレーズが…と言った事が起きています。でも実はそれこそが「ビ・バップ」の神髄。演奏できるギリギリの急速調で、ここぞという場所で同じフレーズが繰り返される事によって生まれる高揚感こそが、ファンにはたまらない魅力でもあるのがこのCDの秘密なのです。

出してほしい時に出してほしいフレーズが出る心地よさ。組み合わせによってルーティンと感じさせずに、しかも腹落ちする決めのフレーズがズバッと出てくる。これはピンチになったら、最後に必ず出てくる黄門さまの印籠のようなもの。この辺が、何回聴いてもまた聴きたくなる秘密とも言えます。

小説も何十冊と続くシリーズ物の魅力は、このスティットとバドのビバップのフレージングと同じで、裏切らない予定調和の心地よさにあるのかもしれません。

今回の、晩秋の読書とジャズはいかがでしたか。折角の機会ですから、ぜひ長編小説にも挑戦したいものですね。それでは、また次回お会いしましょう!

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