人はなぜ教え、アドバイスしたがるのか
正解を教えることに潜むデメリットとは?
「ちょっとうまくいかないんですけど…」と相談を受ける。行き詰まっている部下を見てなんとかしたいと思う。
こんなとき、あなたはどのような行動をとることが多いでしょうか?人と対するとき、特に上司、教師、先輩、専門家として相手に接するとき、私たちは正解を教えたり、アドバイスをすることが多いようです。そして、そこには、次のような気持ちが隠れているようです。
「頼りにされたからには応えたい」
「相手の役に立ちたい」
「なんとか相手をうまくいかせたい」
そして、
「できれば相手から優秀な人間だ、頼りになる人間だと思われたい」
重視するのは相手の優秀か、それとも自分の優秀さか
確かに優秀な人には存在感があり、頼りがいがあると一目おかれます。
この点において「教えること」「アドバイスすること」は、確かに自分の優秀さ、頼りがいを示す行為になるかもしれません。
しかし、逆の立場で考えるとき、実際に人が好意や信頼感を抱いたり、記憶に残すのは、<優秀な>相手というよりむしろ、自分の優秀さに気づかせてくれたり、成長させてくれる、すなわち<自分を優秀にしてくれる>相手のほうなのではないでしょうか。大事なのは、相手が優秀かどうかではなく、自分を優秀にしてくれる相手かどうかと言い換えることができるかもしれません。
本当に相手の役に立つ方法とは?
もちろん、自分のそうしたエゴは脇におき、「本気で相手の役に立ちたい」と、熱心にアドバイス、ティーチングを行う人も少なくないでしょう。 相手が軽やかに行動を起こせるように、そしていち早く成果を出せるように自分のありったけの知識と経験を提供すること。そのアプローチは、即効性もあり、一定の効果が期待できます。しかし、次のような問題点も同時にはらんでいます。
- 相手が受け身になる
- 正解を求める思考になり、不測事態や時代の変化についていけない
- タイプや強みの違いから、教える側のやり方をそのままは踏襲できない
- 教える側以上の行動や成果に結びつきにくい
なぜでしょうか?
それは、自分自身そういう教育を受けてきたために、他のアプローチを知らないという点が挙げられるかもしれません。
実際、部下や後輩など、相手の行動を促すとき、
- 方法を示す(教える、アドバイスなど)
- アメ(報償)とムチ(賞罰)
次ページで相手の優秀さを引き出すアプローチを紹介します。