科学者の中村桂子さんがあるインタビュー記事で、こんなことをコメントされていました。
--生きものは、本質的に面倒なものです。機械だったら「うるさい」とスイッチを切ればいい。だけど赤ちゃんは、夜中に泣いてもスイッチは切れない。本当に面倒です。<中略>最初はどうしていいか、おろおろします。じわじわとかわいくなっていくプロセスが子育てなんですね。
小さな子どもを育てていると、「どうして、おっぱいをあげたのに寝てくれないの?」「どうして、何度ダメといってもわかってもらえないの?」と、自分ではコントロールできない“生きもの”ならではの面倒くささを感じます。しかも、仕事のように気持ちのON・OFFを切り替えられるものでもなく、育てている以上ずっと振り回されつづけます。
保育園に預けたからといって、親の負担が少なくなるというわけでもありません。一緒にいられるわずかな時間にスキンシップをとったり、1日に起こった話をじっくり聞いたりして「その子のため」に時間を割いてあげなければ、子どもは愛されているという自信をもって育っていくことができません。しかも、一人ひとり個性が違うため、兄弟姉妹にもそれぞれにあった接し方を工夫しなければならないのです。
でも、そんな面倒くさい子育てのなかにこそ、「ああ、こうやって人は成長していくんだ」ということを実感できる瞬間がちりばめられているのではないかと思います。子どもを育てることは、人が自ら生きようとするエネルギーを実感し、親から精神的に離れて自立していくまでの道程の複雑さを実感できる数少ない体験のひとつなのです。
自分も幼い頃には、うまく気持ちを整理できなくて混乱を繰り返したり、不安がいっぱいで毎日泣いていたのに、人としての基礎ができあがる幼少期の思い出は非常に少ないものです。しかし、子育てを行うことで、思いがけずその頃の複雑な心情を追体験することができるのです。
前ページで触れたように、昔はよその家の子どもであっても困ったときには気軽に預かる空気が自然にありました。だから、自分の子どもを育てていない人でも、子育てを終えた人でも、他人の子どもの世話を面倒をみながら、身近に“生きる”ことの複雑さや重みを感じる機会があったのではないかと思います。一方、いまは子育ては完全にその家族だけのものになってしまったために、他人にとってはまったく関係もなければ、興味もないものになってしまいました。しかし、いまの社会にももっと他人の子育てを身近に感じられる機会があってもいいのではないかと思います。なぜなら、人が成長していく複雑な過程を知ることは、自分の人生を大切に生きようと思ったり、他人の生命を思いやることにもつながるからです。そして、生きることの重みを知ることが、生命にやさしい社会のありようを考える第一歩になるのではないかと思います。
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