月商100万を達成した時、
この仕事は、一生続けられないと思った!

ガイド:
仕事の依頼というのは、会社設立の手続きですか?

横須賀:
専門を持った方がいいと言われていて、途中で会社設立に絞りました。行政書士として、建設業の許可や不動産、相続、内容証明の作成と色々やっていましたが、その中でも、会社設立の手続は、起業される方たちとのやり取りが面白かったし、税理士さんや社労士さんとも仕事ができるので、これを専門にしました。専門を絞ることのメリットは、お客さんから見て分かりやすくなることです。

けれど、ホームページで会社設立専門と言い切っても、(それで成り立つまでは)アナログ営業で、相続とか建設業とかも実績あるんですよと言って、入り口は1つにしても、出口はいっぱいにしておきました。今は、会社設立と契約書以外は、やっていません。2004年の途中から絞るようになって、結果的には、どんどん仕事増えました。

2004年の秋に、月商が初めて100万円を超えました。その時、手応えを感じると同時に、こりゃ儲からないと思いました。めちゃめちゃ忙しかったんです。それで100万では、これは一生続けられないと思いました。

行政書士の収入の限界ということです。年商700万も結構厳しいじゃないかと思いました。それで、行政書士を中心にしたビジネスは、ダメだと思い、やめずに違った方向を考え始めました。

ガイド:
その発想と切換えは、見事ですね。労働集約型のサービス業は、1人でやった場合、700~800万円あたりが、健康な状態を保って仕事を継続していく線かなと思います。それにしても、100万を達成した時に、そういう考えを持つというのは、素晴らしいですね。

自分で仕掛けられて、コントロールできるビジネスを持たないと
先々苦しくなる

ガイド:
その切換えは、第2のターニング・ポイントと言えるのではないですか。

横須賀:
行政書士の仕事って受注型で、お客さんに100%左右されます。来月の売上はどうなるか、分からない。忙しいわりには、収入の上限が決まっている。例えば、ライターさんで文章書くのが上手かったら、営業して仕事が取れるかもしれません。でも、行政書士の場合は、相続だとしたら、誰かが亡くなるのを待つということになるわけです。それで、自分から仕掛けられて、コントロールできるビジネスを持たないと、先々苦しいと思いました。

じゃ、そのために何をしたらいいかを、(その時から)考え始めました。色んな人に会ったり、成功者ってどういう人なのか。ある程度のステージにいる人というのは、年収1000万とか、著書を持っているとか。そして、頑張って1000万目指すより、先を考えて、本を出そうと決めました。

ガイド:
その時に、出版社とか、編集者とか、コネクションがあったんですか?

横須賀:
いえ、伝手はなかったです。24、25だと、出版社とかも、信用してくれませんでした。新聞社へ行った時も、名刺の住所を見て、“この住所は、実家なのか”と尋問みたいなこと聞かれましたよ。それで、出版社への持ち込みをあきらめた時、たまたま見つけたのが、「企画のたまご屋さん」でした。ノーリスクで企画を見てもらえるところと知って、2004年の12月31日の夜10時半に、たまご屋さんへ出版企画書を送信して、その年の仕事納めにしました。

ガイド:
それが、最初の著書となる「ブログ営業術」ですね。でも、本の企画と言っても、たまご屋さんの企画書は3点セットなので、要求されるレベルは高いですよね。目次立てとか、企画書を作るのは、大変じゃなかったですか?

横須賀:
売れている本を、とにかく調べました。ベストセラーになっている本の目次は、全部見ました。そして、いいとこ取りをしました。本屋さんで、本の背表紙を見ながら、何か使えるものがないか探したり、この本とこの本のココの部分をつなげてみようかと考えたり。そうやって、企画書を完成させました。

たまご屋さんへ出した企画書は、ほとんど直されることなく通って、何社もの出版社から手を挙げていただきました。企画構成力を評価していただけたようです。今年は、行政書士として、実務書を2冊出版しました。お蔭様で、売行き好調です。

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今年の6月には、出版プロデューサーとジョイントしてLLPを立ち上げ、出版プロデュースの事業をやり始めました。これも起業支援の一環ですが、今後は、コンテンツ・ビジネスにも力を入れていきたいと思っています。

3年間という短い期間に、次々と事業をカタチにしていった行動力はどこから生まれたのでしょうか。次ページへ続きます>>