戦後の技術立国

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研究の発表は活発に行われている

 

戦後の荒廃の中、資源のない日本が復興するために掲げたのが技術立国である。生きるために皆が必死に働いた。米国に追いつけ追い越せで一丸になって頑張った。メイド・イン・ジャパンは粗悪品、すぐに壊れると評価されながらも、確実に技術レベルを上げ、品質もあがってきた。ものまね日本と揶揄されながらも、すばらしい発明やアイデア商品、プロダクトなどを生み出したのである。

しかしこの歴史をみてみると、独創的な研究や発明が評価されるのは国内ではなく海外だったりするのも事実だ。なぜ、日本は評価されるべき人がきちんと評価されないのだろう。15年くらい前になるが、ある大学の記念シンポジウムで西澤潤一博士が講演したときの話は、まさに日本で評価されない象徴的な内容であった。


光通信の父・西澤潤一

工学博士である西澤潤一氏は「光通信の父」とも形容される人である。光ファイバーを初め、関連発明を世界で先駆けて行った人だ。東北大学教授、東北大学総長、岩手県立大学学長を経て現在は首都大学東京学長をされている。

インターネットの普及も急速に進み、ブロードバンドの時代が到来した。光ファイバーを使ったブロードバンド接続が、だんだんそのシェアを拡大してきた。これは上り・下り回線とも100Mbpsの、本格的なブロードバンドを実現するものだ。大きなデータ容量の動画がPC上で好きな時に見られ、動画を使った双方向のコミュニケーションが、ストレスなくできるようになる。

この発明は次ページのようなものである。