守りに適した条件

フェアモントホテル跡地「パークマンション千鳥ヶ淵」。ペントハウスはまるでガラスケースのよう
都心の真ん中には古くから御屋敷街として知られる住宅地、千代田区『番町』がある。千代田区のホームページによれば、

「江戸城に入った徳川家康は、城の西側の守りを固めるために、この一帯に大番組(おおばんぐみ)に属する旗本(はたもと)たちを住まわせました。ここから『番町(ばんちょう)』という地名が生まれ、この界隈(かいわい)には多くの武家屋敷がありました。」千代田区HP町名由来板ガイドより)とある。

丘の頂に建った「三番町パークテラス桜苑」。堂々とした構えのメインエントランスはホーマットと対照的
遠くまで見渡せる小高い丘は守備を固める最適の地、とは戦国時代ならではのエピソード。しかしそれ以前に、元来丘陵地は水害に強く、採光や通風にも恵まれた好条件の立地であることも当時の人々は勿論理解していたはず。

以来、この一帯は都心有数の邸宅街として現在に至っている。

閑静な環境を持続するには?

ほのかな艶を放つ燻(いぶ)し瓦のようなタイル。武家屋敷を連想させる「グランドヒルズ一番町」
さらに区のホームページでは「明治になると、中央官庁や皇居に近接したこの地には、政府役人の官舎や華族(かぞく)の屋敷が並び、山県有朋(やまがたありとも)の邸宅もあり……」(同)と続く。

また、文化人ゆかりの地でもあった当該エリアは大妻、二本松学舎など学校も多く、長年にわたって文教的色彩を保ち続けている。

加えて広大な敷地のイギリス大使館やローマ法王庁大使館などが、周辺の開発に関わらず静謐な環境を守り続け、国際交流を担う機関に限りなく近い場所にあることを感覚として強く印象付ける。

そして、御屋敷街「番町」に隠された意外な事実とは?!次ページ