ホワイトしか飲まない父親
今年で71歳となる角瓶。多くの飲み手の心に思い出を刻み込みつづける |
それも、友人が結婚前、新居の契約の都合で1ヵ月ほど実家に居候した時に飲み残した角瓶を口にしてからだという。妻に、つまり友人の母親に「角瓶は旨いな。旨いと思うんだよ」と、ねだるように言ったらしい。友人の母親は夫のことをおかしくも可哀想に思えたという。はじめて妻にねだったものが角瓶だった。我慢の人生だった。
田舎での結婚式の帰りの新幹線で彼は父母と久しぶりにゆっくりと話した。母親が笑わせた。
「わたしは、ボーナスという言葉に弱い。とくにボーナスセール。それといまじゃ、何かとやたらボーナスポイントってのがある。結婚生活のほとんどを、ボーナスだけが愉しみで生きてきましたから」
父親は一瞬だけ申し訳なさそうな顔をしたが、すぐに憎まれ口を叩いた。
「よかったじゃないか、人生に希望があるってことは。これからどうするんだ。年金にボーナスはないぞ」
そう言った父親は退職金のすべてを妻のものとした。
なんとわたしは薄っぺらい
このすべては先日、バーのカウンターで友人から聞いた話だ。久しぶりのニッポンの父親の姿であった。まだこんな話が日本にもあったか、と感動した。友人は、ホワイトを啜るしみったれでやたらと厳格な父親が大嫌いだったという。学生時代、父親と喧嘩して家を出てもいる。彼自身も苦学した。いまはよりを戻したが、いまだに受け入れられない部分があるという。
その理由は詳しく知らないし、知ろうとも思わないが、なんであろうが彼の父親には、ひとつの貫き通した人生がある。凄いとしかいいようがない。
友人がわたしにこう聞いてきた。
「山崎18年、父は飲んでくれますかね」
「蘊蓄や値段など一切口にしないで、いきなりグラスに注いじゃいな。飲まない訳にいかないじゃないか。箱のまま、儀式のように父の日のプレゼントって渡すから余計な気遣いが生まれるんだよ。一緒に飲もうぜ、でいいんだよ」
こうアドバイスしたが、わたしがこんな偉そうなこと言っていいものなのかしら、と思った。彼の父親に比べたら、わたしの人生なんて、なんと薄っぺらいことか。
前回の思い出トランクシリーズ『第5回今年の父の日は、ウイスキーとCD』も是非ご覧いただきたい。