こんな広大な森に囲まれた蒸溜所はスコットランドにさえない。世界でも珍しいウイスキー工場だ。
南アルプス甲斐駒ヶ岳のふもとにあるサントリー白州蒸溜所を訪ねる度に、「広い森だな」と実感する。いや、回を重ねるほどに森の深さを知るようになる。
今回は10月末に訪れたのだが、おそらく紅葉はいまが見頃だろう。出かけるのなら3連休、11月24日ぐらいまでにどうぞとすすすめる。もう少しするとバードサンクチュアリの林間の道には落葉が積もり、春夏とは異なる冬の香が漂う。落葉を踏みしめ、白い息を吐きながら歩くのもまたいいものだ。
シングルモルトウイスキー白州が好きだ。
仕込み水が人気のミネラルウォーター、天然水南アルプスであることでわかるように、清冽な水と清々しい森の冷気から生まれたウイスキーだ。ショットグラスに注ぐと自然の生命の香りをたっぷりと湛えた気配が辺りに広がる。
スモーキーさの中にフルーティで涼やかな印象を投げかけてくるのだが、それは小川のほとりを散歩しながら感じる岸辺の匂いであり、したたる緑の色感であり、野鳥のさえずりであり、ぷっくりとした木の実の可愛らしさであり、木枯らしの中に凛と立ちそびえる針葉樹の姿だったり、さまざまな連想を呼び起こす。
同じシングルモルトでも、サントリーの山崎やニッカの余市といった他のジャパニーズ・モルトとは異なる独特の個性がある。そこが白州の魅力でもある。
今回もいつもと同じように蒸溜所内をまわった。
ちょうど仕込んだばかりの麦汁をテイスティングできた。ややスモーキーなタイプの仕込み時に当たり、麦の甘さの中に潜んだ柔らかいリーク(スコッチでは快い煙の匂いをさす)を感じて幸せな心地となった。
ポットスチルの蒸溜の熱を感じてまた幸せな気分となった。いま生まれる無色透明なニューポットが、長い年月を経て饒舌で豊かな香味となる。樽の中でどんな白州モルトとなり、いつ自分の口元をほころばせてくれるのだろうかと未来に想いを馳せられるのは、ウイスキーやブランデーといった長期樽熟の蒸溜酒ならではのものだ。ポットスチルの熱は、生命誕生の熱だ。
野鳥が描かれた大型バスで貯蔵庫へと向かうと、森の深さを知る。ほんとうにこんな蒸溜所は他にない。森林公園の中に貯蔵庫がある。まだ訪ねたことのない人は是非出かけて欲しい。