ワイン/ワインバー・レストラン

パリの名店で古酒を育てる:林秀樹(5ページ目)

天皇陛下も食した鴨料理で知られるパリの名店『ラ・トゥール・ダルジャン』で、酒庫を管理する林秀樹氏。彼が選んだ古酒の試飲会が、東京で開かれた。味わったワインはなんと……!!

執筆者:橋本 伸彦

名店の酒庫で古酒を識る

かつて50万本・1万千種を数えたセラーだが、本数を減らしつつ種類は増やしており、現在は酒庫に40万本、1万4千種のワインが眠る。ボルドーとブルゴーニュが各5千種と、ローヌやロワールなどフランスの主要生産地が揃う。年間1万5千本のワインがすべてリリース後まもなくこのセラーに運び込まれ、長年の熟成を経たワインはトゥール・ダルジャンのテーブルで年間2万本飲まれている。

地下1階のセラーには1985年から翌年にかけて地下2階が増設され、床面積は800平方メートルから約1.5倍になった。地下1階の床半分は土に接しているせいか乾燥しがちだがその部分には水をまくなどしてこまめに加湿し、セラー内の地下2階と同じ湿度75~80%程度に保っている。現在セラーで一番古いワインは19世紀後半のもので、シャトー・シラン1865年やクロ・デ・シェーヌ1885年といったところだ。

レストラン営業中はソムリエが取った注文のワインを、注文票に従って秒単位で貯蔵位置から取り出して上階へと送り出す。客がスタッフのためにワインを残して去るという美徳も珍しくはなく、ワインを試飲する機会には事欠かない。林氏の自宅には常に数十本のワインが置かれ、ここでも古酒を味わうことが多いという。

古酒の数奇な運命を慈しむように味わう

古酒の達人である林氏に、年代物のワインを深く理解する方法を訊いてみる。即座に「味を知るには、飲むしかないですね」という答えが返ってきた。「エッと思うようなワインが、結構良かったりするんです。若い頃から飲む機会を作るようにするといいですね。演繹的作業を積み重ねることです」

古酒の熟成は、1本ずつがまるで異なる経過を辿る。たとえ2人の人間が一卵性双生児であってもそれぞれ違う人生を歩むように、全く同じ銘柄のワイン1本1本が長い時間を経て大きな違いを見せるのは、言わば数奇な運命である。林秀樹氏は、しばしば均質化され短命な印象のある現代のワイン造りより、数十年から百年以上という長い年月を経た古酒の豊かさと複雑さを慈しみ味わいたいのだという。

「名もないワインと対峙した時に、自分が映し出されるんです」 ――暗く深いセラーで古酒の熟成を見守りながら、哲学的思索をめぐらせるカヴィストは言う。

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