掲載日: 2007年 03月 30日
惜別、くりはら田園鉄道・最後のにぎわい
文章:高橋 良算(All About「鉄道旅行」旧ガイド)
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| 3月31日で営業を終了するくりはら田園鉄道 |
その中で今回は、「くりでん」と呼ばれ約90年にわたって親しまれてきた、「くりはら田園鉄道」廃止直前の様子をレポートします。
5回も名前が変わったくりでん
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| 非電化になった今も架線柱が残る |
当初は「栗原軌道」として開業しましたが、その後「栗原鉄道」「栗原電鉄」「宮城中央交通」、再び「栗原電鉄」、そして「くりはら田園鉄道」と、実に5回も名前が変わったという歴史も。
長い間、細倉鉱山で産出された鉛・亜鉛といった鉱石の輸送が行なわれていましたが、1987(昭和62)年に鉱山が閉山して以降、苦しい経営状態が続き廃止も検討されましたが、1995(平成7)年に沿線自治体などが出資する第三セクターにより存続の道が開かれました。
くりはら田園鉄道となった第三セクター化の際、それまでの電化を廃止し、経費が安いディーゼルカーでの運転に切り替えられています。非電化の鉄道が電化されるというのはよくありますが、その反対ですね。
では、そんな「くりでん」に乗って、途中下車しながら終点まで行ってみましょう。
その名の通りの田園地帯をひたすら西へ
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| 地方私鉄ならではのモダンな石越駅舎 |
ホームに出ると、1両のディーゼルカーがポツンと停まっています。かつて貨物列車もあった時代は、もっと活気があったことでしょう。そんな時代のくりでんを見てみたかったとふと思います。
田園鉄道とはよい名前を付けたもので、沿線は宮城県内でも屈指の米どころ。今の季節は茶色の地面が広がるばかりですが、あと数ヶ月もすれば青々とした稲の苗に埋めつくされるはず。しかし、もう列車の窓からその風景を見ることはできないのですね。
西へ向かうくりでんは、途中で北へ向かう東北新幹線とクロスします。この場所を東北新幹線の下り列車から見ると、田んぼの中を細々とした線路が一直線に山のほうへ延びている様子がまるで鉄道模型のジオラマのように眺められます。
次のページでは、大正時代の駅舎に懐かしい切符、人が支える鉄道の魅力をご紹介します。




