世界遺産/アジアの世界遺産

聖地エルサレム:3宗教35億人が崇める神の土地(4ページ目)

ユダヤ・キリスト・イスラムの3宗教35億人の信者が聖地と称えるエルサレム。1km四方の城壁に囲まれた旧市街は各国からの信者を受け入れる世界の縮図であると同時に、岩のドーム、嘆きの壁、ゴルゴダの丘など伝説的な建物が密集する歴史都市でもある。今回は領有権に揺れる世界遺産「エルサレムの旧市街とその城壁群」の複雑な歴史や見所・観光名所を紹介する。

長谷川 大

執筆者:長谷川 大

世界遺産ガイド

エルサレムの歴史3 イスラム教の誕生と十字軍

イスラム建築最高傑作のひとつといわれる岩のドーム

イスラム建築最高傑作のひとつといわれる岩のドーム。礼拝を呼び掛ける塔=ミナレットがないのもひとつの特徴 ©牧哲雄

7世紀にイスラム教が成立する。神の言葉を伝え、人々を導く聖者を「預言者」と呼ぶが、イスラム教の『コーラン』は、たとえばアダムやアブラハム、モーセ、イエスらがこの預言者だという。そして人類最後の預言者が開祖ムハンマド(マホメット)だ。

根を同じくするイスラム教にとってもエルサレムは聖地だったわけで、636年にイスラム帝国はこの聖地を征服する。特にムハンマドが天馬に乗り、1夜にしてメッカからエルサレム神殿跡にある基礎石に降り立ったという伝説が広まると、エルサレムはイスラム教第3の聖地として崇められるようになった。

691年、アブド・アルマリクは基礎石の上に華麗なドーム型礼拝所、岩のドームを建築する。
岩のドームのエントランス

岩のドームのエントランス。青いタイルと美しいアラベスク ©牧哲雄

イスラム教徒の支配下に入ったエルサレムだが、ヨーロッパのキリスト教徒たちは聖地を回復するために十字軍を組織して「聖戦」を開始する。第1回十字軍では多くのイスラム教徒を虐殺し、1099年にエルサレムを征服。その後イスラム教徒は英雄サラーフ=アッディーン(サラディン)の活躍で1187年に奪回。

1229年には神聖ローマ帝国のフリードリヒ2世が外交交渉でエルサレムの管理権を手にするが、1244年にイスラム教徒が再び奪還すると、エルサレムは1917年のイギリスによる侵略・委任統治までイスラム教徒の管理下に入る。 

エルサレムの歴史4 中東戦争とエルサレムの現在

エルサレム新市街

エルサレム新市街。ヨーロッパの近代都市と変わらぬ街並みだが、銃を持つ兵士があちこちにいる ©牧哲雄

イギリスが中東を支配すると、まずアラブ人にパレスチナの独立を約束する(1915年、フサイン・マクマホン協定)。一方、同じ中東・パレスチナ地区の分割をロシアとフランスとで取り決め(1916年、サイクス・ピコ協定)、さらにユダヤ人に対してもパレスチナの地での独立支援を宣言(1917年、バルフォア宣言)。中東の領有権は矛盾するこの3条約によって混迷を極めることになる。

決定打となったのがふたつの世界大戦で、19世紀から高まっていたユダヤ人のシオニズム(ユダヤ人国家建設運動)はナチスの迫害を受けると頂点に達し、ユダヤ人は世界各地から次々にパレスチナの地に帰還。結局1948年にイスラエルとして独立を宣言する。
イスラム教徒の女性

イスラム教徒の女性 ©牧哲雄

これにパレスチナ人や周囲のアラブ国家が反発。同年に第一次中東戦争が起こる。以後、1956年に第二次中東戦争、1967年に第三次中東戦争、1973年に第四次中東戦争が勃発し、問題は解決しないまま現在に至っている。

エルサレムは第2次世界大戦後、国連の分割決議で永久信託統治とされていたが、第一次中東戦争を経て東エルサレムをヨルダン、西エルサレム(新市街)をイスラエルが支配・統治する。

しかし、第三次中東戦争でイスラエルが東エルサレムを占領し、以来、旧市街もイスラエルの管理下にある。イスラエルは首都をエルサレムであると宣言しているが、国際社会はこれを認めておらず、日本大使館もテルアビブにある。
主の涙の教会

エルサレムの滅亡を予感してイエスが涙を流したと伝わる「主の涙の教会」から見たエルサレム旧市街

世界遺産としては、ヨルダンがエルサレムを申請して1981年に登録されたが、ヨルダンはのちにエルサレムの領有権を放棄している。いまなお「ヨルダン申請遺産」という奇妙な表記がなされており、所有権がはっきりしないエルサレムという土地の難しさを物語っている。

また、時おりテロや軍事侵攻が行われるような政治状況や、意思統一された保護機関がないこと、イスラエルによる旧市街の開発が進められていることなどから、現在エルサレムは危機遺産リストに登録されている。
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