予期せぬ出来事
自宅が仕事場 |
よほど長く一緒に仕事をした相手で、締め切り直前などで連絡が必要なときは電話がかかってくるが、ほとんど携帯電話にかかってくるものだ。それでも取引先なので、「女性の家に夜、電話をかけてこないで」とも言えないし、困っていた。ある晩、決定的にいやなことがあった。その日、その会社からの資料が宅配便で届いていたが、必要なものが一部不足していた。メールでそのことを伝えていたのだが、めずらしく電話がなかった。出張にでも行っているのかもしれないと、翌日、こちらから電話をしようと思っていた。
ところが、夜11時を過ぎた頃に自宅のインターホンが鳴ったのだ。一度は無視したが、二度、三度と鳴るので近所迷惑になってもいけないと思い出ることにした。「はい?」とだけ低い声で出ると、「○○です。遅くにすみません」と、例の取引先の中年男性だった。「いや、資料が一部なかったというので、お持ちしたんですよ」と言われた以上は、取りに出ないわけにもいかない。「すぐに参りますので」と、上着を着こんで一階まで降りることにした。だが、玄関ドアを開けると、○○がそこに立っていたのである。
思わず悲鳴を上げそうになったが、「あ、あのう」と押さえて何か言おうとした。「あ、いや、ちょうど帰ってきたここの住人がいたので、ついでに入ってしまいましてね」と酒臭い息でこびた笑いを見せた。「いやー、ここは静かでいい建物ですね。環境がいいじゃないですか」と、ドアの内側に体をしっかり入れて立ちはだかった。ドアが外開きなのでこれもしかたがない。
すぐに戻るつもりだったので玄関からダイニングキッチン、そして奥の部屋まで仕切りのドアを閉めなかったので室内が丸見えだった。男の目がギラギラとしているようでぞっとした。おまけに「洋美ちゃん、はい、これ資料」と、親しげに名前を呼ぶのも気に食わないばかりか、洋美が手を伸ばすとひょいっとそれを引っ込めた。どういうつもりなのか、人をバカにするのもいい加減にしてほしいと思った。
だが、深夜に玄関先でもめるのも問題だ。屈辱感を覚えながら黙っていると、やっと書類を差し出した。「ごめんね、洋美ちゃん。僕ね、酔っ払っちゃってね。いや、メールを見てさ、自宅に届けたほうが早いと思ったから」仕方なく、「わざわざすみません」と答えると、「いいの、いいの。実は僕、ここの次の駅に住んでいるの。洋美ちゃんのためなら、全然、苦じゃないから」といい気なことを言っている。そんなことは会ったときには言っていなかった。
書類を受け取ってから、「あの、お手数をおかけしましたが、もうこういうことはなさらないでください。困りますので」と低い声で、でもはっきりと聞こえるように言った。「いやー、仕事はいいんだけどね。あー、ちょっと僕、のどが渇いちゃったな」と、今にも部屋の中に入ってきそうな様子を見せた。とんでもないと思い、「あの、書類はいただきましたので、今日はお帰りください」と、ドアを閉めようとした。だが、ドアの内側に立っているので閉まらない。あまり露骨にいやがるのも仕事に差し支えたら困る。どうしたらいいのだろうか? 洋美は必死に考えていた。
後半、『女フリーランサー、身の守り方』アップしました。
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