頼んで逃げる
「そう。じゃあ、結婚のことは今はいいわ。結婚のことは忘れて。それなら問題ないのでしょう? まだ独身のままでいたいなら、半年でも一年でも待つわ」「待っても無駄なんだよ。もうダメなんだ。ゴメン。本当にすまない。僕のことは忘れてくれ」
「……。そんな簡単に忘れられるものじゃないわ。無理よ。私の気持ちは変わらない」
いくら話しても逸美は納得しない。こうなったら、逃げるしかない。
「悪い。本当に。別れて下さい。この通り」
思わず両手を合わせて頼む形になってしまった。
「いやよ」
逸美は冷たく言い放った。
「ひどいわ。そうじゃない? 私は精一杯尽くしてきたのに」
「僕はひどい男なんだ。だから、こんな男はやめたほうがいい。もっといい男を見つけてくれ」
「だから、一つ一つ話してくれたらいいじゃない。話せば分かるはずよ。二人で前向きに解決しましょうよ」
「もう遅いんだ」
そう言って伝票を手にして立ち上がって頭を下げた。
「ゴメン。本当に」
「勝手すぎるわ」
「そう。勝手な男なんだ。だから、もう忘れてくれ」
逃げるようにレジに行って、後ろを見ないで支払いを済ませて外に出た。逸美は追ってはこなかった。衆目にさらされるような事態にはならずに済んだが、こんな別れ方は後味が悪かった。だが、これで謙一としては別れたつもりだった。さすがにここまでハッキリと言ったのだから、逸美もあきらめてくれるだろう。取り残された逸美は、しばらく水の入ったグラスを眺めていたがようやく立ち上がって店を出た。
(あり得ないわ。こんなこと。私は何も悪いことはしていないのだから。謙一さん、ほかに女が出来たのかしら。だとしても、一時的な気の迷いとして私は許してあげるのに。結婚しても浮気なんてよくあるはず。これも試練だわ。私にはちゃんと乗り越える力があることを知ってくれればいいのに。それとも、男のマリッジブルーかも。私のことを素晴らしい女だと言ってくれているのだから、まだ大丈夫よね。目が覚めるはずよ)
メールが次々と |
だが、翌日も、その翌日も逸美からのメールも電話もなくならなかった。もう謙一は携帯電話が鳴る度に怯えるようになった。着信音を消した。が、着信のランプが点滅を続ける。ついに逸美からのメールと電話の着信を拒否に設定した。だが、このことがますます事態を悪化させてしまった。逸美がそれから取った行動は、想像を超えるものだったのである。
逸美からの電話とメールの着信を拒否した謙一。次に逸美が取った行動とは?
・愛と故意のラビリンス~最終回 アップしました!
・愛と故意のラビリンス~第1回
・愛と故意のラビリンス~第2回
・愛と故意のラビリンス~第3回
・愛と故意のラビリンス~第4回
・愛と故意のラビリンス~第5回
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