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*目次
- ミュージカル『パリのアメリカ人』とは?
- 製作発表レポート
- 稽古場取材レポート&演出・振付家クリストファー・ウィールドン合同インタビュー(2頁)
- 開幕レポート(開幕後掲載)
ミュージカル『パリのアメリカ人』とは?
ガーシュインの楽曲に彩られた映画『巴里のアメリカ人』(1951年)をベースに、時代を第二次世界大戦直後に設定、人物造型にも深みを与えて、2015年にブロードウェイで初演されたミュージカル。演出・振付は、英国ロイヤル・バレエ団など数々の舞台に振り付けてきたクリストファー・ウィールドンが担当。様々な情景が流れるように描かれるオープニングや、クライマックスの14分にわたるバレエ・シーン等、演劇的かつ洗練された振付が絶賛され、トニー賞では振付家賞を受賞しました。
音楽面では映画で使用されているナンバーのみならず、ガーシュインのレパートリーから場面に合うものを厳選し、追加。目にも耳にも楽しく、演劇的な奥行きも備えたエンタテインメントに仕上がっています。
キャスト候補も登場!『パリのアメリカ人』製作発表レポート(9月3日)
9月3日、都内ホテルで行われた製作発表。この日はオリジナル・スタッフも出席とあって、座席は取材陣で埋め尽くされています。オンタイムで始まった会見ではまず、吉田智誉樹・劇団四季社長が挨拶。ブロードウェイで本作を観劇した際、上質で大人向けの作品だとは思いつつ、ダンスの難度があまりにも高く、四季で上演するには大チャレンジだ、しかし逆に表現力が広げられると思った、と上演検討のきっかけを語りました。
ミュージカル版のポイントは3点
続いてはオリジナル・プロデューサー、スチュアート・オーケン氏の挨拶。
かつてディズニー・シアトリカルの副会長として『ライオンキング』『アイーダ』『ノートルダムの鐘(ドイツ公演)』に関わった彼は、以前から四季のプロ意識と仕事ぶりを知っていたが、今回は自分がプロデュースする作品で縁ができ、嬉しく思っているのだそう。50年代のハリウッド映画を舞台化するにあたり、
- 「時代背景を明確にする←第二次世界大戦直後に設定し、戦争で苦しんだ若者たちの愛と希望の物語とする」
- 「音楽面の変更←ガーシュイン財団の同意を得て、映画版の曲順の変更、編曲に加え、ガーシュインのレパートリーから3曲を追加」
- 「ダンスを前面に出す←本作にはジャズ、タップ、シアターダンス、バレエと様々なダンスが登場し、特にクライマックスのバレエは単なる映画版の複製ではない、敬意を払ったダンスにする必要がある。そこでまれにみる情熱と才能の持ち主で、きっとミュージカルとバレエ界を融合できると思われたC・ウィールドンに演出・振付を依頼した」
「人生の何もかもが美しい」と伝えるミュージカル
そのウィールドン氏は、「14年に本作の依頼を受け、とても驚きつつもわくわくしました。演出と振付を任せてくれたことに感謝しています。それまでダンスを通してストーリーを語ることには慣れていたが、台本のある作品に挑むのは新たなチャレンジで、リスクもありましたが、皆さんの協力もあってやり抜くことができました」と謝辞を述べた後、オーケン氏、脚本家のクレイグ・ルーカス氏とともにどうやって往年の映画を現代に届けるかを考え、第二次世界大戦直後という時代設定に行き着いたと説明。
「主人公のジェリーとアダムは兵役についていた人間で、その(悲惨な)体験と折り合いをつけようとしている。またリズはユダヤ人で、戦争中はアンリ一家に匿われていた。アンリは両親の希望に反してアーティストになる夢を持っている。マイロはアメリカ人の裕福な女性で、パリでの自身の立ち位置を模索中。そんな(各人の)背景があることで、ストーリーやダンス表現を通して、愛や人生、何もかもが素晴らしい、“’s wonderful”だ。例え戦争の悲惨さを体験しても、人生は謳歌できると伝えたかった」と語りました。
また装置デザインについては「写実に当時のパリを再現するのでは大失敗になるだろう、荒廃した精神を立て直してくれるような、浮遊感のある、様々な色がちりばめられたパリを創り上げようと、以前、一緒に仕事をしたボブ・クロウリーに依頼。
果たして独自のレンズを通した魅力あるパリ(のセットを)創り上げてくれ、パリの街並み自体も踊り始める舞台にすることができた」と振り返り、今回の日本公演については「(オーディションで訪れた際、施設を見て)劇団四季はアーティストが最良の仕事をするための環境を備えていると思った。こういう場所は世界で一つなのではないか。オーディションでは四季の俳優たちのレベルの高さを感じ、演出補のドンティー・キーンともども稽古をとても楽しみにしています」と期待を滲ませました。
ガーシュインの思い出を子孫が語る
そして今回は、四季とは『クレイジー・フォー・ユー』(やはりガーシュインの楽曲で構成されたミュージカル)以来の縁ということで、アイラ&リオノール・ガーシュイン信託より、マイケル・ストランスキー氏が挨拶。
アイラ・ガーシュインの甥だという彼は、信託のこれまでの成果として『ワン・アンド・オンリー』『クレイジー・フォー・ユー』『ポーギー・アンド・ベス』『ナイス・ワーク・イフ・ユー・キャン・ゲット・イット』そして本作を挙げた後、2歳違いの兄弟であるジョージ&アイラ・ガーシュインの一生を語り、アイラとの思い出として、彼にお気に入りの曲を聞くと眼鏡を鼻に押し付け「自分の子どもの中で誰が一番かと聞くようなものだよ。君は子供の中でどの子が一番のお気に入りかい?」と言われたこと、ジョージ&アイラが遺した音楽を誇りに思い、今回の日本上演の成功を祈っていると語りました。
ここで質疑応答。時間が押していたようで一問だけで終わりましたが、「舞台化にあたって最も難しかったのは?」との問いに対して、ウィールドン氏が「チャレンジであり最も興味深かったのが、演技したことのないバレエダンサーと、ダンス経験のない役者の共演で、両者が互いから学んでいたと思う。好奇心旺盛な俳優に対して、ダンサーは指示を待ち、動きながらキャラクターを見つけていくというやり方で、最終的にはとてもよくまとまっていったと思う」と回答。
会場をロマンティックに染め上げたナンバー披露
そしてお待ちかね、プロモーションビデオ(ロンドン公演の映像)上映に続き、出演候補キャストによるナンバー披露です。
1曲目はジェリーとリズのダンス「An American In Paris」。2幕、自分のバレエに自身の持てないリズが、マイロから「愛する人を思い浮かべながら踊ってみて」とアドバイスされ、ジェリーが描いた自分の似顔絵を握ってから舞台に立つと、いつの間にか相手役がジェリーに代わっている。リズの想像の中で、二人は夢のようなパ・ド・ドゥを踊るというシーンです。
壇上に上がったジェリー役、酒井大さんとリズ役の石橋杏実さんは、リフトを多用してリズの高揚感を強調したパ・ド・ドゥを滑らかに表現。たちまち場内がロマンティックな空気で満たされます。
続いてはジェリー、アダム、アンリ、マイロによる歌唱「’S Wonderful~Shall We Dance?」。
前半は、同じ女性(リズ)に恋するジェリー、アダム、アンリが、そうとは気づかずに彼女への愛を歌い、後半はマイロが“パーティーがある”と嘘をついて家に呼び出したジェリーを誘惑するナンバーで、男性たちを演じる松島勇気さん、斎藤洋一郎さん、小林唯さんがそれぞれの恋心を力強く歌い上げ、マイロ役の岡村美南さんも大人の女性の魅力たっぷりに歌声を聴かせます。
作品への思い入れを語った松島勇気さん
パフォーマンスの後はジェリー役候補(酒井大さん、松島勇気さん)、リズ役候補(石橋杏実さん、近藤合歓さん)、アダム役候補(斎藤洋一郎さん)、アンリ役候補(小林唯さん)、マイロ役候補(岡村美南さん)の計7名が登壇し、代表して松島勇気さんが挨拶。 「僕はブロードウェイで本作を拝見しましたが、その頃の僕と言いますと、少し悩んでいた時期で、その頃にこの作品と出会ったことで僕の演劇人生はがらりと変わりました。救ってくれた恩を感じる作品です。この作品は美しいダンス、素晴らしいガーシュインの音楽、そしてなんといっても、戦後のパリで夢を追い続け、懸命に、あきらめずに前に進もうとする若者たちの姿に心打たれ、魅了されました。
俳優としてこのような素晴らしい作品の開幕に携わることができ、心から光栄に思っています。初日に向けてキャスト・スタッフ一同、誠心誠意稽古に励み、一人でも多くのお客様に演劇人として作品の感動をお届けできるよう、全身全霊でつとめて行きたいと思っています。来年1月の開幕まで、ぜひ楽しみにしていてください」と、作品への強い思いが語られた後、登壇者全員が集合。写真撮影の後、おひらきとなりました。
キャラクター&気になる日本版の出演候補者解説
ここではメインキャラクターと製作発表でアナウンスされた出演候補者について、筆者のコメントも交えつつご紹介します。 ■ジェリー第二次世界大戦中、ヨーロッパで戦ったアメリカ人の元・兵士。終戦後、アーティストになるという夢をかなえるためパリにとどまることを決意、ある日ミステリアスな女性に一目ぼれします。彼の天性の陽気さ、楽観主義は溌溂とした振付に象徴されており、演技力、歌唱力はもちろん、かなりの体力、ダンステクニックを要する役どころ。
キャスト候補の酒井大さんは劇団外からの参加で、幼少のころからバレエを始め、数多くのバレエ作品に出演。17年9月の公開オーディション(約400名が参加)で選ばれ、製作発表では柔らかさと鋭さを兼ね備えたダンスで会場を魅了しました。
もう一人の候補・松島勇気さんもバレエ出身で、劇団四季のみならずミュージカル界を代表するダンサーの一人。そのダンス力は『キャッツ』『アンデルセン』『ウェストサイド物語』『コンタクト』等の演目でいかんなく発揮されています。
『クレイジー・フォー・ユー』で既にガーシュイン作品は経験しており、ガーシュイン音楽の魅力を熟知した上での華麗なダンス、そして役柄同様・天性の明るさで作品を明るく照らし出してくれることでしょう。(過去のインタビュー記事はこちら)
■リズ
ユダヤ人で、戦中はアンリ一家に匿われ生き延びてきたダンサー。彼らに深く感謝し、その恩に報いるためにもアンリと結婚しなくてはならないと思っており、ジェリーと出会ってそれまで押し殺してきた感情に気づき、揺れ動くという役どころ。優れたダンス力とともに内面の表現力を求められるキャラクターでしょう。
候補となった石橋杏実さんは3歳でバレエを始め、英国に留学。現地でダンス公演に出演、15年に劇団四季に入団しました。同じく候補の近藤合歓(ねむ)さんは小学生でバレエをはじめ、ベルリン国立バレエ学校で研鑽を積み、16年に研究所入所。フレッシュな二人がどのように陰のある女性の内面を表現するかが注目されます。
■アダム
第二次大戦中に負傷し、体が不自由になったユダヤ系のアメリカ人。作曲を学ぶためパリに滞在中、美しいバレリーナに心惹かれ、インスピレーションを得ます。舞台は彼が、友人のジェリーがパリにやってきた日を回想するシーンから始まり、語り部的な役割も果たす人物。
ロンドン公演ではこのアダム役の役者がペーソスを漂わせ、実に味わい深い演技を見せていました。
ダンスを得意とし、『アラジン』では心優しきオマール役、『ソング&ダンス』内でのアンデルセンのソロも印象的だった斎藤洋一郎さんは、この役をどう演じるでしょうか。
■アンリ
フランス人資産家一家の息子で、匿ってきたリズを心から愛する人物。彼女と結婚したいと思っていたが、リズの本心を知り、戸惑う。いっぽうで彼にはナイトクラブのパフォーマーになるという夢があり、ひた隠しにしていたがある日、両親に知られてしまい……と、恋愛とアイデンティティの両面で悩みを抱えます。
アダム役と並んで、ロンドン版ではこのアンリの心の揺れ動きが重要な見せ場となっており、筆者は、本作の成功は特にこの二人にかかっているという印象を持ちました。
『サウンド・オブ・ミュージック』でみずみずしいロルフを演じ、『アラジン』タイトルロールや『キャッツ』スキンブルシャンクス等で活躍してきた小林唯さんのアンリ役に期待しましょう。
■マイロ
パリに住むアメリカ人女性で、父親の莫大な遺産を受け継ぎ、芸術支援活動に傾倒。知的で美しいが自分に自信を持てず、財力で他人の心を支配しようとしてしまう。ジェリーとの出会いから“愛はお金では買えない”ことを学び、本当の自分へと変わってゆくキャラクターです。
候補の岡村美南さんは『ノートルダムの鐘』で信念のために殺されるエスメラルダを毅然と演じ、『クレイジー・フォー・ユー』ポリー、『ウェストサイド物語』アニタ、『キャッツ』ジェリーローラム=グリドルボーンなどで活躍してきた実力派。内面的成長を遂げるキャラクターを魅力的に演じてくれることでしょう。(過去のインタビュー記事はこちら)
製作発表では、今回発表された以外にも複数の候補が選ばれており、稽古に参加する予定であること、出演タイミングについては稽古の状況、劇団が同時に展開している他作品のキャスティング状況等を総合的に判断して決定されることがアナウンスされました。
上記の7名以外にどんな方々が本作の準備中なのかを含め、楽しみは尽きません。今後も折に触れ、舞台が立ち上がってゆく過程をレポートしてゆく予定です。
*公演情報*『パリのアメリカ人』2019年1月20日~3月8日=東急シアターオーブ、3月19日~8月11日=KAAT神奈川芸術劇場<ホール> 公式サイト