
岡村美南 富山県出身。中学時代に劇団四季の『夢から醒めた夢』を観てミュージカルを志し、高校卒業後アメリカの大学でミュージカルを学ぶ。在学中に劇団四季のオーディションに合格し、翌09年の大学卒業後入団。『ウィキッド』『夢から~』『キャッツ』『クレイジー・フォー・ユー』等でヒロインを演じている。 (C)Marino Matsushima

『ウェストサイド物語』撮影:下坂敦俊
今回のこの舞台でひときわ輝かしい存在感を放っているのが、アニタ役の一人としてキャスティングされている岡村美南さん。09年に入団以来、その魅力的な歌声とダンス力とでたちまち『ウィキッド』エルファバや『キャッツ』ジェリーロラム=グリドルボーン等の大役をこなし、注目を集めていますが、今回のアニタ役ではその長身も生かし、自由なアメリカ生活を満喫する姿と、その後に起こる悲劇へのリアクションの対比が鮮やかです。岡村さんは今回の『ウェストサイド物語』出演をどうとらえているでしょうか。
「爆発的な感情」を求められた
新演出版『ウェストサイド物語』
――『ウェストサイド物語』は、岡村さんにとってどんな作品でしょうか?
『ウェストサイド物語』新演出を担ったジョーイ・マクニーリー。撮影:荒井健
――稽古ではジョーイさんから“まだ出し切ってないぞ”と言われたりすることも?
「もちろんありましたね。逆に、“そうだ今のだ”と言われた時には“ここまでの爆発を毎日やるんだ…”と思うくらい、全てを出し切る稽古でした。ジョーイさんは最初に“今回は感情面を求めてる”とおっしゃっていましたし、テンポ感もアップしました」
――岡村さんは本作へは初出演ですが、(リフ役)松島(勇気)さんなど、二度目以降の方はどうとらえていましたか?
「新しい作品に出ている感覚だったのではないかと思いますね。そういう面白みがあったと思いますが、私は逆に、何も知らない真っ白な状態でジョーイさんの演出する『ウェストサイド物語』に飛び込むことが出来たので、経験がなくてよかったと思うこともありました。アニタについて固定概念みたいなものもありませんでしたから、すごく素直に入っていけました」
――今回は公開オーディションがあったのですよね。はじめからアニタ志望だったのですか?
「はい。自分の持っているダンス力を活かせるのではと。作品におけるアニタのポジションや役どころにすごく惹かれたというのもあります」
――オーディションには映画版を御覧になって臨んだのですか?
「子供の頃に観たことはありましたが、オーディションに際しては敢えて見ませんでした。
台詞審査のために、全く的外れの解釈で言ってしまってはいけないのでその該当部分だけは観ましたが。というのは、私はジョーイさんの求めるアニタ像を目指したかったので、変に固定概念を持ってはいけないかな、と思ったんです。昔観た時にアニタがとても素敵だった印象があって、それをなぞってしまってはいけないな、と」
『ウェストサイド物語』撮影:上原タカシ
「私自身もそういうところに惹かれてアニタを受けたいなと思いました。オーディションでは役柄についてはジョーイさんの中にイメージがあったと思うので、私はとにかくエネルギーを出し切る、ということを意識していました」
――アーサー・ロレンツが書いた台本にはアニタについて「さばけて、セクシャルで、頭がいい女性」とありました。今回もそこが出発点だったのですか?
「今回、ジョーイさんはアニタについて“とにかくポジティブ”ということを強調されていました。いろんなシーンで“ミナミ、ノー・ネガティブ”、“アニタは今が人生最高なんだ、アメリカに来て人生をエンジョイしている。ベルナルドという恋人もいて、彼女は最高にハッピーなんだ”と言われましたね。体育館で喧嘩がおきかけたときに、アニタが止めに行くシーンがあるんですが、そこでも男たちの勢いに飲み込まれずに君がポジティブに飛び込んでいってベルナルドを止めるんだよ、と言われました。
もう一つ、アニタは“愛そのものだ”ということもおっしゃっていました。彼女はベルナルドと喧嘩したり、マリアにも“ダメよ”と強い言葉で言ったりしますが、相手を心の底から愛しているからこそ、と。(リーダーの)ベルナルドに唯一ものを申すことができる、強い人でもあるんですよね」
――そんな素敵な女性が最後に…という展開には、心が痛みますね。
「アニタは自信に満ち溢れていて、ウィットに富んでいる女性であるだけに、そこを意識しすぎて嫌味な感じにならないように、というのは心掛けています。最後の展開については、それまでお客様がアニタに共感しているからこそ心が痛むのであって、もしアニタの自信に満ち溢れたキャラクターが鼻についたり、違う方向に見えてしまうと、“そうなっても仕方ない”というふうに見える恐れもあると思います。ジョーイの“ポジティブ”という言葉から外れていかないように、常に心掛けています。プエルトリコの女性なので、ラテン系の情熱的で太陽のような明るさも意識していますね。一方で、愛に溢れていたアニタが憎しみの世界に引きずりこまれ、憎悪の言葉を吐き出す心の痛むシーンは“暴力や憎しみは人間をどう変えてしまうか”という強いメッセージを感じますね。」
*『ウェストサイド物語』トーク、次頁にまだまだ続きます!
「歌」という感覚の無い、
感情にフィットしたバーンスタインの旋律
『ウェストサイド物語』撮影:下坂敦俊
「ラテン・ダンスは私も初めてだったので、歴代のベルナルドのお一人で今回演出・振付助手を務められた加藤敬二さんや、キャストの中でスパニッシュ・ダンスの経験のある人に、いろいろこつを教えていただきました。肘を張るとか顎を引くとか胸を高く、といったことを意識することで、ニュアンスが出てくるんですよね。何度も鏡を見ながら研究しましたし、今も研究中です。体育館のシーンなどで私たちのラテン・ダンスと(欧州系の)ジェット団のダンスの違いを感じていただけたらいいなと思います」
――バーンスタインの音楽はいかがでしょうか?
「彼の音楽は気持ちが高ぶった時に上昇したりと、不思議と歌を歌っている感じがしないんですよ。その時その時の感情が自然とメロディにフィットしてくる気がします。ピアノの前で練習ということが今回は少なくて、稽古の中で、芝居の流れで、自分の感情が高まってきて台詞では抑えられなくなってメロディになっていったという感じです。メロディ自体歌いやすく、それがバックミュージックにもうまくつながっているんですよね。歌に対するストレスは今回ほとんど無かったです。
(この作品では)随所に不協和音がちりばめられています。プエルトルコ系と欧州系の二つのギャングの対立を見事に表現していて、何かよからぬことが起きるのでは、という不安定さが漂っているんです。あと、アニタが襲われるシーンではバックに「アメリカ」のモチーフが流れていて、心にぐさっと来ますね。1幕では“アメリカ最高”と歌っていた彼女が、そのアメリカであのような悲劇に遭ってしまうのですから…。しっかり演出に沿った作りになっているんですよね」
――今回、その彼女が襲われるシーンが“振付として見せる”形から、“薄暗がりの中でリアルに演じる”という演出に変わりましたね。
「真意は演出家しかわかりませんが、リアリティを出すというテーマの中でそうなったのかもしれません。この作品は1950年代の話ですが今にも共通することがたくさんあって、これが現実なんだということをジョーイからは何度も言われて、私もすごくそう思いました。目を伏せたくなるかもしれないけれど、オブラートに包むのではなくて本当に生々しいものを見せて“これが現実なんだ”、世界のどこでも起こってる、ということを包み隠さず見せたかったのかもしれません」
『ウェストサイド物語』撮影:下坂敦俊
「衣裳やセットといったビジュアル面は現代に近づけたい、ということはおっしゃっていましたね。振付の持つニュアンスとか台本のメッセージ性は全く変えずにしっかり守って、ビジュアル面は変えるということに彼はこだわっていました」
――社会的メッセージのある作品だと感じますか?
「メッセージ性はあると思います。今回は特に“痛み”が前面に出ていて、最後に誰も救われないことについて、ジョーイさんは“戦争では誰も勝者はいない”と言っていました。いつかこの作品が上演されなくなったり、まったく共感されない時代が来るといいんですが、今はまだ強く共感されるということは意味があるんだなあと思いますね。“古典”といってもいい作品なのに、今観ても共感できる。悲しくもありますが、私たちも上演する意義があるなと、使命感を強く感じます」
――ご自身の中で課題にされていることは?
「(初日があいて)一つ形になりましたが、毎回それをフレッシュに感じていくことですね。強いエネルギーを出すためには強く感じることが必要なんです。演じる側は次に何が起こるかわかっていますが、なるべく頭をゼロにもどして、その場で感じてその場にあるリアリティを信じるということに徹してやっています。その源になるのは、キャラクターへの共感ですね。今回、ジョーイさんがカンパニー全員に表に出てくる感情だけでなく、潜在的な意識まで丁寧に教えて下さいました。リフは帰る家がない孤独感から常に自分のまわりに誰かを置いておきたがるし、アクションも家で暴力をふるわれているから怒る以外の表現手段を知らない。ベルナルドも差別と偏見のためにプライドを傷つけられている。そういう背景を詳しく話しあって共通認識を持つことができたのは、今回のカンパニーの強みになっていると思います」
――観客には今回の『ウェストサイド物語』、どう御覧いただきたいですか?
「ジョーイさんの言葉を信じて私たちは連日、その場で感じた強いエネルギーを全部解放してやっています。考えさせる部分もある作品ですが、まずはそのエネルギーをそのまま感じて
いただけたらと思います」
*次頁からは岡村さんの「これまで」をうかがいます。ミュージカルに目覚めた快活少女は、高校卒業後、思い切ってアメリカへ留学。そこで学んだこととは?
「世界」を知り、「自分のアピールポイント」
にも気づかされたアメリカ留学
『クレイジー・フォー・ユー』撮影:荒井健
「元気いっぱいで、いつもふざけたり、笑ったりしていました。ダンスは3歳からやっていましたが、すごく体が硬くて、踊りだけでは将来食べていけないかも…と思っていた中学生の頃、舞台好きの母に連れられて『夢から醒めた夢』を観に行ったんです。母はそれまでもバレエやダンス、コンサートといろいろなものに連れていってくれて、とても感謝しています。そこでミュージカルというものに出会い、もともと歌は好きでしたので、歌も踊りも両方やれる世界があるんだな、と目指すようになりました。ダンスと並行して、中学3年で声楽を習い始めました。
――高校を卒業後、アメリカの大学に進学されたのですよね。
「高校では音楽コースに在籍していました。音大に進んだらまたこういう環境で4年間学ぶのだな、と思った時に、違う経験をしてみたくなったんです。ミュージカルの本場ブロードウェイのある国ということもあって、アメリカを選びました」
――いきなり、英語の世界ですよね。
「大変でした(笑)。知っている人が誰もいない国に、全然英語も喋れないのに飛び込んでいって4年間過ごすなんて、今振り返るとよく出来たな~と思いますね。アメリカでは大学を編入する人が多くいて、私もまずは一つの大学で一般教養の単位をしっかりとり、それを移行する形でミュージカル学科の強い大学に編入しました。ミュージカル学科といっても最初のうちはクラシックなど基礎をみっちり学び、3年目くらいから自分の求める声を作ってゆくという進め方でした」
――アメリカでのレッスンはどういう感じだったのですか
「とにかく褒める、褒める(笑)。週1回のレッスンだったので、パーティー三昧の生徒もいれば、一生懸命練習する人もて、“練習なんてしなくてもできるよ”といっていて本当にできる人もました。個人主義が貫かれていましたね。私はというとしっかりやらないと気が済まなくて、やはり私は日本人だなあと思いました(笑)」
――アメリカで学んだ中で一番大きかったことは?
「凄い世界を見たというか、私は何も知らなかったんだなあと思いました。先日、ブロードウェイでデビューしたくらい上手な同級生もいて、生まれつきの才能なんだなと思うこともありました。世界的に見たら自分はどれくらいのレベルなのか、といったことも分かりました」
――そうした中で自分のアピールポイントも見えてきましたか?
「ええ、黒人の友達がものすごいハスキーボイスで、ソウルフルな歌声に憧れていたんです。でも“私が歌っても絶対あなたみたいな声にならない”と言ったら真顔で“何言ってるの!”と言われました。“あなたの声こそ素敵だよ。どうしてそんな透明感のある声が出るの?羨ましい”と言われて、あたしは無いものねだりをしていたんだと気づきました。それからは自分の声が好きになりましたし、自分の声質に合わない曲があっても、歌うべき人が他にいるだけのこと、と思えるようになりました。
アメリカではオーディションに落ちても、いちいち落ち込まない人が多いんですよ。“(演出家の)好みに合わなかっただけ。私は素晴らしいけど、彼のタイプと違っただけだから”という感じでみんな次に行くんです。
『キャッツ』撮影:荒井健
「変わりましたね。自分では意識していませんでしたが、帰国した時に喋り声からして変わってる、とびっくりされました」
――ちょっと濡れたような、ニュアンスのある素敵なお声ですね。
「そうですか? アメリカにいた間に開発されたみたいです。発声のターニングポイントになったのは合唱でした。みんなで“あ~”と声を合わせていると、日本にはない“あ”が混じっているんですよ。aとeをくっつけたような音なのですが、それを聴いて“喉のここの位置を使うんだ”と気が付いたり。言語が違うと、喉の使い方も異なるので、刺激的でした」
*次頁で劇団四季入団以降の挑戦の日々、そして今後の抱負を伺います!
オーディション合格、たちまち
意外な作品で「即戦力」デビュー
『劇団四季ソング&ダンス 55ステップス』撮影:下坂敦俊
「アメリカですといろいろな作品があっても、例えば私はアジア系なのでアニタは演じられませんし、『ライオンキング』のナラもできません。人種的な制約があるんですよね。でも日本ならば人種の制約なく、いろいろな役を演じることができるんです。
オーディションを受けたのは劇団四季だけです。四季しか観たことがなかったですし、これだけ大きな劇団でもあり、日本なら劇団四季だな、と。それまで英語で歌う時はいつも発音がどうとか気になっていたので、オーディションでは久しぶりに日本語で歌えてものすごく嬉しくて。とても気持ちよく歌えましたね」
――そして合格、いきなり即戦力として『劇団四季ソング&ダンス 55ステップス』に出演。とまどいはありませんでしたか?
「ヴォーカルコースで合格したので、初舞台がダンスパートだったのには驚きました。周りがダンサーばかりだったので、毎日遅くまで練習したことを覚えています。
『劇団四季ソング&ダンス 55ステップス』撮影:下坂敦俊
――2年目の『ウィキッド』エルファバ役ですね。
「ちょうどその時、新人発掘オーディションをやっていました。参加をしたら“エルファバを歌ってみなさい”ということになったんです。自分からエルファバを狙いにいったわけではなくて、いつか俳優人生の中でできればと思っていた役でしたので、言われた時には本当にびっくりしました。『ソング&ダンス~』はレパートリーを集めたショー形式の作品でひたすら踊っていましたので、舞台で台詞をしゃべったことがまったくありませんでした。まずは四季の方法論から、当時の公演委員長にマンツーマンでご指導いただいたりと大変でした。先輩方にはとてもお世話になりました」
――私が初めて岡村さんを意識して拝見したのはその翌年の『夢から醒めた夢』でした。ばっちり出来上がった新人さんだなあ、と思ったのを覚えています。
「ピコも驚きましたね。絶対やらない役だろう、と思い込んでいました。ピコは子供という印象が強くて、長身の私にはチャンスは無いだろうと思っていたので、座内オーディションがあるとは聞いていましたが受けようともしていませんでした。しかしひょんなことからそのオーディションを受けさせていただけることになったんです」
「無我夢中」が数珠つなぎになり、いつか
形になる日を夢見て
――これまで演じた中で特に思い出深い役は?『ウィキッド』撮影:荒井健
『クレイジー・フォー・ユー』のポリーも大変でした。コメディなので、間合いはもちろん、そこにリアルにいられないとお客様も引いてしまうので、いかにリラックスできるか試行錯誤を重ねました。今でも挽回したいところはたくさんありますが、あの時、集中して苦戦していた経験が今のアニタにすごく役立っているようにも思えますね」
――一つ一つの経験が数珠つなぎになって活かされてきているのですね。
「そうなっているといいですね」
――どんな表現者になっていきたいですか?
「毎日の公演一回、一回を追いかけるので精一杯ですが、そこで毎回100パーセントを出してゆくことがすごく大変なことなので、そこに集中しています。そうして経験を重ねていくうちに、ある日振り返った時に何かが見えてくればいいですね」
――今はひたすら蓄積の段階、でしょうか。
「そうかもしれないですね」
――歌もダンスもアピールポイント、というのが岡村さんの魅力ですよね。
「でも自分では“突出するところがない、全部が中途半端だったり器用貧乏というのはいやだな、と思ったことがあります。周りはスーパーダンサーばかりなので、今回もみんなで踊るシーンでは“アニタが一番”に見えるよう、バレリーナを目指すくらいの気持ちで(笑)バーレッスンをやっています」
――体育館でのアニタのダンス、素敵ですよ!
「そうですか?たくさんダメ出しもらっていますけど(笑)。頑張ります!」
*****
溌剌として、ちゃきちゃきしたところもある岡村さん。だれにも頼らず飛び込んでいったアメリカで技術を磨きながらも、自分の良さを認め、伸ばそうとする現地のショーマンシップを身に着けてこそ、劇団四季入団以降、たちまちの大役続きにも臆することなく、のびのびと役を生きていらっしゃるのだと感じられます。そんな彼女が「新たな、大きな経験」と感じる今回の『ウェストサイド物語』は、彼女のみならず劇団四季のミュージカル史においても、大きな節目となるかもしれません。目撃必至、の舞台です。
*公演情報*『ウェストサイド物語』上演中~16年5月8日=四季劇場「秋」 その後6月からは全国公演を予定