ミュージカル

発表! 2021 All About ミュージカル・アワード

前年の傑出した舞台・人を、ミュージカルガイドの松島まり乃がご紹介するミュージカル・アワード。2021年はコロナ禍の閉塞感を打破するパワフルな新作、人間ドラマをさらに掘り下げた再演が続々登場。今回も2部門はコメント動画付きです!

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

2021年のミュージカル界は、コロナ禍の閉塞感を打破するパワフルな新作、人間ドラマをさらに掘り下げた再演が続々登場しました。今回も2部門はコメント動画付きです!(同時受賞は「あいうえお順」でご紹介します)
 

作品賞:『ニュージーズ』

『ニュージーズ』写真提供:東宝演劇部

『ニュージーズ』写真提供:東宝演劇部

19世紀末のNYで、新聞少年たち(ニュージーズ)が理不尽な搾取にNOを突き付け、ストライキを行う。大人たちは金と権力にモノを言わせ、彼らの行動を阻止しようとするが……。

2020年は、コロナ禍によって中止を余儀なくされていた公演が、1年と数か月を経て遂に実現。不利な状況下にもめげずに団結し、闘う少年たちの物語は、小池修一郎さんによる疾走感とドラマのバランスが絶妙な演出のもと、すこぶるスリリングに描かれました。主人公ジャック役・京本大我さんの、特に中音域が魅力的な歌声とリーダーとしての力強さ、無尽蔵のスタミナを持つキャストのダイナミックなダンスにも目や耳を奪われますが、単に痛快作に終わらず、21世紀の今も世界各地に存在する児童労働の問題を提起している点も意義深く(劇場には背景を解説するリーフレットも)、エンタメ性と社会性が見事に融合した舞台と言えましょう。
 

再演賞:『イン・ザ・ハイツ』

『イン・ザ・ハイツ』

『イン・ザ・ハイツ』

映画版の公開も話題になった、ラテン系移民街の悲喜こもごもを描くミュージカル。初演からの続投となる演出家TETSUHARUさんのもと、7年ぶりの再演は舞台空間をフルに使い、様々な人生が同時進行する“コミュニティ”感を巧みに表現。それぞれの人間ドラマも陰影を増し、主人公ウスナビが街にとどまり、皆の“街灯”として生きようと決意し、そこに徐々に人々の歌声=人生が重なってゆく終幕は圧巻の一言でした。

驚異的なラップ技術とあたたかな持ち味がウスナビそのもののMicroさん、ウスナビの野心や鬱屈した内面をシャープな動きや口跡で体現する平間壮一さん、故郷の人々の愛を受け止め、挫折から立ち上がるニーナ役で渾身の演技を見せる田村芽実さんら、出演者も一人一人が魅力的。名もなき人々が関わり合いながら懸命に今日を生きようとする姿は、多くの観客に勇気と希望を与えたことでしょう。
 

スタッフ賞:石丸さち子(『マタ・ハリ』演出)、小澤時史(『魍魎の匣』作曲)、『The Last 5 Years』ミュージシャン

『マタ・ハリ』撮影:岡千里

『マタ・ハリ』撮影:岡千里

戦時下という極限の状況の中で、主人公たちが覚悟を決めて向き合い、愛し合い、激しく衝突する。濃厚な人間ドラマをミュージカルという手段で鮮やかに見せたのが、20世紀初頭に活躍した舞姫を描く『マタ・ハリ』再演です。

演出の石丸さち子さんは初演に続いて舞台空間を効果的に使い、複数の人間模様を同時に見せることで物語世界に奥行きを与えつつ、主人公たちの内面にさらに肉薄。キャストから迫真の演技を引き出しました。もはやこれが無い『マタ・ハリ』は考えられないというほど大きな意味を持つ、日本版オリジナルのラスト・シーンも秀逸。(その意図は動画コメントで語っています)
イッツフォーリーズ『魍魎の匣』撮影:岩田えり

イッツフォーリーズ『魍魎の匣』撮影:岩田えり

コロナ禍で配信への期待が高まり、オリジナル・ミュージカルの必要性が改めてクローズアップされる中で、“日本発”ミュージカルの一つの可能性を示したのが『魍魎の匣』。昭和27年の東京を舞台とした京極夏彦さんの長大な小説を舞台化するにあたり、小澤さんは自身のモットーである易しく、口ずさみやすい楽曲を、昭和の歌謡曲や童謡など、様々な“日本の音楽”ボキャブラリーを取り入れつつ創造。とりわけ明治・大正の抒情歌を思わせるたおやかなナンバー「匣の中の娘」に新鮮な魅力があり、こうしたボキャブラリーが今後、国際的な意味においても日本のミュージカルの“強み”となってゆくことが予感されます。(動画コメントでは楽曲の一部も演奏)
『The Last 5 Years』写真提供:アミューズ

『The Last 5 Years』写真提供:アミューズ

一組の男女の出会いから別離までを、逆行する二つの時間の中で描く、ジェイソン・ロバート・ブラウンの独創的なミュージカル『The Last 5 Years』。今回の公演では哀切なバラードからポップで躍動感溢れるナンバーまで多彩な楽曲を、ピアノも担当した大嵜慶子さんの音楽監督のもと、6人編成のバンド(ピアノ、ヴァイオリン、チェロ1、チェロ2、ベース、ギター。各パートを2名が交互出演)が変化自在に演奏しています。特にヒロイン、キャシーの心の傷を水底から掬いあげるような、弦楽器の深い音が出色。キャストの歌声と一体化し、キャラクターの内面を描き出したバンドの演奏が、珠玉の舞台に大きく貢献しました。(動画コメントでは12名を代表し、大嵜慶子さんが苦労した点などを語っています)
 

主演男優賞:田代万里生『スリル・ミー』

『スリル・ミー』撮影:田中亜紀

『スリル・ミー』撮影:田中亜紀

昨年、様々な作品で目覚ましい演技を見せていたのがこの方、田代万里生さん。『マタ・ハリ』ラドゥー役ではプレッシャーに押し潰されそうになりながらマタをスパイに仕立て、後に彼女を歪んだ愛で追いつめる様を生々しく演じ、『ジャック・ザ・リッパー』ではどこか感覚が麻痺した新聞記者モンローを露悪的に体現しました。

一方、2011年の日本初演から“私”を演じ、代表作の一つとなっている二人芝居『スリル・ミー』では、久々に新納慎也さん(“彼”役)とタッグを組み、アメリカの犯罪史に残る殺人事件の顛末を、緊張感をはらんだピアノの音色とともに表現。真相が明らかになる終盤、田代さんの空虚さを抱えた佇まいとモノローグからは全てが愛に起因していたことがうかがえ、シンプルな舞台空間にやるせない情念がほとばしりました。
 

主演女優賞:明日海りお『マドモアゼル・モーツァルト』、愛希れいか『マタ・ハリ』

『マドモアゼル・モーツァルト』写真提供:東宝演劇部

『マドモアゼル・モーツァルト』写真提供:東宝演劇部

“今、ここにある生”を生き切る姿が強い印象を残した2021年の二人のヒロイン。そのうち、“モーツァルトは女性だった”という大胆な設定の物語で、タイトル・ロールを演じたのが明日海りおさんです。

才能が発揮できるよう男として育てられたモーツァルトが、真実を隠して結婚し、苦難の道を歩み始める。ジェットコースター的な展開の中で、明日海さんは無心に創作を楽しんでいたモーツァルトが“自分は何者か”を見つめ、何物にも縛られない“わたし”を確立してゆく過程を鮮やかに表現。とりわけ再起をはかり『魔笛』を書くくだりでの、湧き出る音を一音たりとも逃さず書き留めようとする身体表現に鬼気迫るものがあり、芸術にたずさわる人間の“さが”が感じられます。すべてから解放され、次へと進む輝かしいその姿には、懸命に生きた主人公への(おそらくは明日海さん自身の)リスペクトと共感が溢れ、深い感動を呼び起こしました。
『マタ・ハリ』岡千里

『マタ・ハリ』岡千里

F・ワイルドホーンの肉厚の楽曲に彩られた『マタ・ハリ』再演で、新たなマタ・ハリ像を造型したのが愛希れいかさん。マタ・ハリの代名詞である“寺院の踊り”での神々しい舞踊も印象的ですが、物語が進むにつれ、孤独に人生を闘ってきた“ファイター”としての姿が鮮明になっていきます。

その信条が最も顕わになるのが、1幕も半ばを過ぎ、心を許した飛行士アルマンに過去を打ち明ける“一生の時間”。凄惨な日々を生き延び、舞姫として虚構の中に生きることを選んできたマタが男性不信を乗り越え、真実の愛となるかもしれない存在に向かって一歩踏み出そうとする瞬間を、愛希さんは力強く歌唱。そして紆余曲折の果て、2幕最後のナンバーでは絶望的な状況にも関わらず、最後に残された希望を晴れやかに歌う。その存在のすべてを愛に賭けようと心に決めた時、人はこれほどまでに勇敢になれるものかと驚かされる、圧倒的な幕切れとなりました。
 

 助演男優賞:神永東吾『アナと雪の女王』、三浦涼介『マタ・ハリ』

『アナと雪の女王』©Disney 撮影:阿部章仁

『アナと雪の女王』©Disney 撮影:阿部章仁

2020年にいったん公演が延期され、21年6月に待望の開幕を迎えた『アナと雪の女王』。世界中で愛される映画がどのように舞台化されているかが注目されましたが、最も顕著な変化の一つが、クリストフ役の重要度が増している点です。

エルサを探す道中で彼とアナが言い争うように歌うフレーズ“愛の何がわかる”が後々、本作の “影のテーマ”的にリフレイン。クリストフ役の一人である神永東吾さんは、はじめこそ鷹揚な山男然として登場しますが、アナに惹かれるも彼女のために身を引き、愛の痛みを知る過程を丁寧に表現。それまで表面的にしか愛を知らなかったことに呆然としながら呟くように歌う“愛の何がわかる”が詩的にして陰影深く、このミュージカル版がエルサやアナに限らず、クリストフを含めた若者たちの“真実の愛のめざめ”の物語であることを印象付けています。
『マタ・ハリ』撮影:岡千里

『マタ・ハリ』撮影:岡千里

2018年の日本初演から3年を経て再演を果たした『マタ・ハリ』に初参加し、鮮烈なアルマン像を見せたのが三浦涼介さん。出会って間もないシーンでは、日の出が好きだというマタの言葉にはっとし、屋上への階段を上りながら戦禍の中で気づくことの無かった街の美しさ、そして生き生きとした彼女の姿に心動かされていることがありありとうかがえます。後にラドゥーとは彼女を巡って火花を散らし、離陸を恐れる若い兵士に対しては共に涙して共感。

それまで、ただ“生き抜く”ことだけを支えにしていた青年が、マタとの出会いを通して豊かな感情を取り戻し、ある事情に苦悩しながらも全身全霊で彼女を愛しぬく姿を、一途でニュアンス豊かな歌声とともに表現しました。終幕時にはマタの視線の先に確かに彼が見えた、という方も少なくないのではないでしょうか。
 

助演女優賞:夢咲ねね『October Sky-遠い空の向こうに-』

『October Sky~遠い空の向こうに』撮影:NAITO

『October Sky~遠い空の向こうに』撮影:NAITO

時は1957年。炭鉱の町に生まれた高校生ホーマーはスプートニク打ち上げのニュースに目を輝かせ、ロケット制作を夢見ます。高校の科学教師ミス・ライリーは夢を抱く彼にかつての自分を重ね合わせ、応援しますが、ホーマーは父親に反対され、困難に直面。悩んだ彼はミス・ライリーのもとを訪れますが……。

実話に基づく1999年の映画を舞台化したミュージカルで、ミス・ライリー役の夢咲ねねさんは、凛とした立ち姿に50年代の働く女性の“覚悟”とエレガンスを漂わせます。校長にかけ合う場面ではコミカルなナンバーを茶目っ気たっぷりにリードするミス・ライリーですが、実はある事情を抱えていることが明らかに。迷えるホーマーに自身の体験を交えて示唆する彼女の思いは、毅然とした中に愛ある夢咲さんの歌声を通して、ホーマーのみならず観客たちの心に染みわたったことでしょう。
 

ベスト・カップル賞:松下優也&エリアンナ『ジャック・ザ・リッパー』

『ジャック・ザ・リッパー』撮影:田中亜紀

『ジャック・ザ・リッパー』撮影:田中亜紀

実は登場時には“すでに終わっている仲”であり、劇中も2度ほどしか接点が無いにも関わらず強い印象を残すのが、『ジャック・ザ・リッパー』で連続殺人事件を追う薬物中毒の刑事アンダーソンと、彼の昔の恋人である娼婦ポリー。2度目の遭遇ではアンダーソンが赤い薔薇を手に、ためらいながら捜査への協力を持ち掛けますが、酒におぼれるポリーは話も聞かずに引き受け、“もうあの頃には戻れないけど 愛してる”と本音を漏らします。

ポリー役のエリアンナさんはこのナンバーを諦観とアンダーソンへの無償の愛をないまぜにして歌い、この日のアンダーソン役、松下優也さんは黙って彼女の一人がたりを受け止める姿に、昔日の情を滲ませます。遠い昔、このテーブルで二人が夢を語りあい、アンダーソンの手がポリーのそれを包み込んだこともあったのか。もう戻ることのない時間を朧な記憶で辿る二人の姿が哀しく、忘れ難いワンシーンとなりました。
 

新星賞:木村達成『The Last 5 Years』

『The Last 5 Years』写真提供:アミューズ

『The Last 5 Years』写真提供:アミューズ

“日本のミュージカル界の未来を託したい若手”として今年フォーカスしたいのが、献身的な演技とチャーミングな持ち味で、観客を作品世界にいざなう木村達成さん。近年は大作での躍進が目立ちますが、若いカップルの愛の軌跡を描く『The Last 5 Years』では、出会いにときめき、至福を味わい、やがて苦悩を深める等身大の青年ジェイミーを瑞々しく演じました。

自分は作家として認められるが女優志望の彼女はなかなかチャンスを掴めず、傷ついてばかり。そんな彼女を励まそうとクリスマスに歌うナンバーでは、思い切りデフォルメして老いた職人を演じ、(同じ空間にはいない)彼女の笑顔が目に見えるよう。後半は気の迷いから過ちをおかし、深く愛するだけではどうにもならない現実に全身で煩悶する様が鮮烈です。幕切れには通常、ほろ苦い余韻が漂う作品ですが、“いつか人間的な成長を遂げた彼が、彼女と第二章を紡ぐこともあるかもしれない”と仄かな希望が感じられるのも、木村ジェイミーならではと言えましょう。(動画コメントでは本作、新作『四月は君の嘘』、今後のビジョン等を語っています)
 

アンサンブル賞:『ジェイミー』

『ジェイミー』撮影:田中亜紀

『ジェイミー』撮影:田中亜紀

(今回は“アンサンブル=メインキャスト以外のキャスト”の意ではなく、“全員の一体感”、いわば“全員力”という意味でのアンサンブル賞です)

ミュージカルのフィナーレは歓喜に包まれることが多いとはいえ、本作ほど幸福感が満ち溢れたフィナーレは久々かもしれません。ドラァグ・クイーンを夢見る高校生が偏見を乗り越え、社会に一歩踏み出してゆこうとする姿を描くこの舞台では、秀才もいれば悪ガキもおり、彼らに手を焼きながら現実を教えようとする教師もいる高校の世界、愛情深い母とジェイミーの家庭、酸いも甘いもかみ分けたドラァグクイーンたちの世界を、それぞれのキャラクターが的確に表現。主人公ジェイミーが各コミュニティで衝突や挫折を繰り返しながら、学びや愛(友情)を得てゆく様が生き生きと描かれます。

そして主人公を媒介として全員が集い、コミュニティが溶け合ってゆくイメージのフィナーレでは、大勢で歌うにはリズムが特徴的な楽曲を軽やかに、祝祭ムードたっぷりに歌唱。多くの分断が存在するこの時代に“大丈夫、自由はある みんなの居場所”“ここで繋がろう”と、希望に満ちたメッセージが力強く届けられました。
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