コンビニとの戦略の違い
前述の通り、朝食メニュー改変によって、吉野家はコンビニからも顧客を取り込もうとしている。ここで明確になるのは、コンビニとの戦略の違いだ。簡単に言えば、コンビニが「面」で戦略を作るのに対して、吉野家は「時間」で戦略を作っている。コンビニの基本的な戦略はとにかく店舗に来てもらうことだ。コンビニには約2000以上の商品があり、その半数以上が一年間で入れ替わるなど常に売れる商品が揃えられている。最近の例で言えばコンビニコーヒーが良い例だろう。100円程度のコンビニコーヒーを見せ球にして来店促進を図り、他の商品も合わせ買いしてもらおうという戦略だ。
一時、ドーナツが発売された時に、「ドーナツ業界との真っ向勝負か?」とも言われたが、そうではない。朝であればコーヒー+朝食もしくはランチ、日中であればコーヒー+ドーナツといったセットで買ってもらうことが目的であり、ドーナツ単体で勝負することなど考えていないのだ。そのほか、お惣菜の充実、チケットの発券、クリーニングなど、とにかくコンビニに来てもらう仕掛けが大事であり、そこで「合わせ買い」をしてもらうことが大事なのだ。言わば「面」を広げることがコンビニの戦略だといえる。
コンビニが商品や顧客層の広がりを意識した「面」という戦略に対して、吉野家の戦略は朝・昼・夜の時間差を強く意識した「線」の戦略だ。吉野家は長い間、牛丼を中心とした食事メニューを中心に展開してきた。ただ数年前に低価格争いが勃発し、牛丼チェーン店各社とも200円台後半の価格で牛丼(並)を販売するようになった。結果、各社とも採算が悪化してしまい、吉野家の牛すき鍋御膳発売とともに低価格争いは終わりを迎える。
吉野家の業績が改善する中で、新たに出てきたのが「吉呑み」だ。日中と比べて客足の鈍くなる夜の時間帯を活用しようと、既存設備や食材を最大限利用して居酒屋風の展開を始めた。ちょい飲みブームも後押しし、「吉呑み」はたちまち人気となり、今秋にはほぼ全店舗で展開されるまでになった。つまり、吉野家は昼の食事メニューに加え、夜の飲み屋メニューを開発したのだ。そして次に狙うのが朝の時間帯だ。
朝の時間帯の売上については、全体の10%程度を占めた時代もあったが、ここ最近は5%程度の割合に落ち込んでいた。コーヒー、お弁当、お惣菜を充実させたコンビニに顧客を奪われていたと言っていいだろう。このテコ入れとしてでてきたのが、今回の朝食メニュー改変だ。昼と夜の時間帯は成功してきた。朝という時間で売上を増やすためにどうすればいいか考えたのだ。
同業他社だけを意識する時代は過ぎた
吉野家は既存設備や食材を最大限利用しながら、売上・利益を最大化していく賢い戦略を展開している。200円台という牛丼の低単価争いを、牛すき鍋御膳という高単価商品発売によって自ら終わらせ、その後、「吉呑み」で夜時間帯の活用を仕掛けた。夜勤明けや男性ビジネスマンがまだまだ多い朝の店内風景を変えることができるか注目である。最近、企業の経営・マーケティング戦略を考える時に、同業他社だけをライバル視してはいけないケースが増えている。自社のライバルは同業界ではなく他業界にもいることをより強く意識すべき時代になった。吉野家は牛丼チェーン内の戦いから抜け出て、夜帯で居酒屋業界からも客を獲得するようになった。そして次はコンビニ業界との朝の時間帯での戦いだ。吉野家の経営・マーケティング戦略は、牛丼を食べない人たちにとっても、注目に値するものだろう。