真田信繁(幸村)、真田丸を築く

真田信繁(幸村)、真田丸を築く

真田信繁(幸村)、真田丸を築く

秀吉が築いた大坂城。上町台地に城が造られ、北は台地の端でそのまま大川が堀となり、東西も台地の端に高低差を利用して総構と堀(猫間川、東横堀川)が造られました。総構というのは城だけでなく城下町を含めた外側を取り囲んだ土塁と堀で大坂城では8kmにも及びました。ただ南側だけは上町台地がなだらかに続くため巨大な空堀が造られます。

籠城が決定した大坂城で、真田信繁(幸村)は守りが弱い南側を補強するために出城を作ることを進言します。場所は空堀の外側で、大坂城から孤立した台地上でした。

進言しましたが、なかなか了承が得られません。真田家・本家の真田信之が徳川家康に従っており、信繁(幸村)は徳川方へ寝返るのではないかと内通を疑われていました。

後藤又兵衛が大野治長に掛け合います。

「真田を信じなければ、大坂方についた浪人は、味方についたことを疑心暗鬼に思うぞ、出城には長宗我部軍にも入ってもらうから、真田は裏切ることはできん。ここは真田に出城を造らせてやってもらえないか。」

大野治長は、開戦し籠城すれば豊臣恩顧の大名が次々に寝返ってくるものと考えていましたが、結局、誰も内応してこず、戦況は大坂方に不利になっていました。ここで後藤の機嫌をそこねては大変と思ったのか、
「後藤殿がそこまで申されるのなら、出城を造ることを了承いたす。」
と返事します。

「おお、では真田殿に知らせてくる。」

了承を得た真田はさっそく出城造りをはじめます。これが有名な真田丸。大坂城から孤立した攻めやすそうな出城を造ることで徳川軍が殺到するのは必定。ここで戦果をあげれば、この後の戦で、いろいろと意見を取り上げてもらいやすくなるという目論見でした。

大坂 冬の陣が始まる

徳川家康が本陣を移した茶臼山陣城

徳川家康が本陣を移した茶臼山陣城

真田丸には5千の兵が入ります。徳川家康は茶臼山陣城に本陣を移し、大坂方に対します。真田丸の前には前田利常、南部利直、松倉重政、榊原康勝などが布陣します。布陣するだけで、なかなか徳川方は攻めてきません。実は家康から最前線の前田利常へ守備線を突出するなと命じられていました。

「まずは前田殿に攻めさせるように仕向けよう。」

真田信繁(幸村)は部下に命じて真田丸の南にある篠山という丘から前田勢に発砲します。1日だけでなく、毎日、発砲が続けられ前田勢は苛立ちをつのらせます。ついに前田勢は篠山を奪取しようと夜、攻め上がると、真田勢は城内に撤収していて、もぬけの殻。夜明けになったところで前田勢を真田丸から罵倒します。

「や~い、腰抜け、前田め、くやしかったら攻めてこい!」

前田勢はその挑発に乗ってしまい、真田丸に攻めかけます。前田勢が城壁にとりついたところへ真田丸から鉄砲を撃ちかけ、損害を与えます。藤堂高虎、井伊直孝、松平忠直は前田軍の抜け駆けと思い大坂城攻めを開始。

そこに大阪城内で火薬庫が誤爆する事故が発生します。かねて裏切りを約束していた南条元忠からの合図と勘違いし、真田丸だけでなく、総構に徳川軍が殺到しますが、鉄砲の十字砲火をあびて徳川軍は大損害。伝令によって惨状を知った徳川家康は全軍に退却を命じますが、退却中に真田丸の門が開き、真田軍が追撃を開始。徳川軍は甚大な被害を出します。

プロジェクトがすすむ

現行の販売管理システムをそのままクラウドに移行する作業が無事に完成。プロジェクトマネージャの課長から社長に今までの経緯を含めて報告をします。クラウド化という実績ができたことから、社長も決意。

営業部門の全員を集めて、会社の将来構想からクラウド化の必要性を説明。また現行の販売管理システムを廃止して、新しい販売管理システムを使うよう社内にオーソライズします。クラウドを使わざるをえなくなった営業から、こんな機能がほしいなどいろいろな要望が出るようになります。要望をとりまとめ、プロジェクトを推進することになります。

真田軍 日本一の兵

真田丸で奮闘し、多大な成果をあげた真田信繁(幸村)の発言力は増し、大野治長も一目置くようになりますが、徳川家康の方が一枚上手でした。

力攻めでは無理と考えて心理作戦に出ます。大坂城の北方にあった備前島から本丸北側の奥御殿に大筒を撃ち込みはじめます。これが天守閣に当たり、奥女中が死んでしまいました。大筒の轟音に悩まされていた淀君は真田信繁(幸村)ら主戦派をしりぞけ、大野治長の意見もきかず講和してしまいます。講和の条件により真田丸はもとより総構や堀が破壊されてしまいました。

翌年、丸裸になってしまった大坂城では勝機がありません。真田信繁(幸村)は戦況をひっくり返すため、明石全登・毛利勝永と連携し、家康の首ただ一つに狙いを定め、突撃することを大野治長に伝えます。もちろん大野治長は了承します。

「日本一(ひのもといち)の兵(つわもの)と」、後世に語り継がれる、真田軍の突撃が始まります。

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