備中 高松城攻めがはじめる

秀吉と黒田官兵衛が清水宗治が守る備中・高松城を攻略

秀吉と黒田官兵衛が清水宗治が守る備中・高松城を攻略

戦国時代を生き抜いた黒田官兵衛。織田信長の与力として羽柴秀吉に従い、毛利の部将・清水宗治が守る備中・高松城を攻略していました。

高松城は城の周囲が湿地帯となっており、天然の堀状態。ぬかるみに足をとられるため大軍が城に近づけず、秀吉は2回攻めてみましたが、鉄砲や矢で攻撃され敗退してしまいました。力攻めで城を落とすのは難しいと考えた秀吉は低湿地を逆手にとって高松城を水没させることにします。

高松城を水没させるには門前村から蛙ヶ鼻までの4キロメートルに高さ8メートルもの堤防を作らなければなりません。中国の春秋時代に水攻めをしたという記録はありますが、どうやったかノウハウは書かれていません。奉行には蜂須賀小六(正勝)が任命され、黒田官兵衛の指導のもと堤造りが始まりました。付近の村々に連絡し、工事に参加をすれば高額な報酬が手に入ると宣伝。各工区に農民らを総動員し堀尾吉晴、生駒親正、宇喜多忠家、桑山重晴らが手分けして工事を担当しました。

難題が発生 土俵が固定できない

高松城は城の周囲が湿地帯となっており、天然の堀になっていた

高松城は城の周囲が湿地帯となっており、天然の堀になっていた

堤防を築く奉行を担当していた蜂須賀小六が黒田官兵衛をたずねてきました。
小六:「官兵衛殿、官兵衛殿、うまくいかん。」

官兵衛:「どうした小六殿。」

小六:「堤の土台となる土俵を積んでいるのだが土地が軟弱なので、すぐ崩れてしまう。」

官兵衛:「土俵が積めないと、土台ができないなあ。栗山善助、そちはわしに仕える前に普請作業などをしていただろう、なにか策はないか?」
官兵衛は家臣団の栗山善助にたずねました。

善助:「殿、それなら土俵がくずれないよう長い木の杭を打ち込みましょう。湿地の下の土壌に杭がさされば俵も動くことはありますまい。」

官兵衛:「おお、栗山善助か、それはよい案だ。小六殿、聞いての通り、まずは杭を打ち込み、杭の間に土俵を置いて固定させることにしよう。」

小六:「官兵衛殿、それは妙案じゃあ、さっそくやってみる」

蜂須賀小六は栗山善助の案通りに長い木の杭を等間隔で2列に打ち込み、杭と杭の間に土俵を積み上げてみたところ、土俵は杭によって支えられ動きませんでした。

小六:「これなら水圧に耐えられる堤を作ることができる。おい、このやり方を早急に各現場で工事している堀尾吉晴殿、生駒親正殿、宇喜多殿らに伝えよ。」
各工区でも同様の方法がとられ、土俵による基礎造りがすすみました。

堤を造る目的とは

長さ4キロにもなる堤が次々に出来上がっていきました

長さ4キロにもなる堤が次々に出来上がっていきました

蜂須賀小六は土俵が並び始めたのを満足そうに眺めていました。
小六:「土俵の周りに石を積めば、もっと強固になりそうだな。おい、石を土俵に積み上げてみろ。」
蜂須賀小六は部下に命じて、土俵の周りに石を積み上げはじめました。そこへあらわれたのが黒田官兵衛です。

官兵衛:「小六殿、いったいなにをされている。」

小六:「おお、官兵衛殿か、見てのとおり土俵の周りに石を積み上げれば、より強固な堤が作れるぞ。」

官兵衛:「それは、感心せんなあ。」

小六:「なんでだ、堤がよりしっかりするぞ!」

官兵衛:「まず第一に石を積み上げる手間がかかり、その分、工期が延びる。工期が延びれば毛利の援軍が到着して水攻めそのものが危うくなる。もう一つ、堤は高松城を少しの間、水攻めできればよく、もし毛利と和睦になれば堤を壊さねばならぬ。強固に作れば、壊す手間も余計にかかるぞ。」

小六:「確かに。よし分かった。土俵には土を盛るだけで堤を造ることにしよう。」

長さ4キロメートルに高さ8メートルにもなる堤が次々に出来上がっていきました。