豊臣方 徳川と決裂し、大坂冬の陣へ

豊臣方、徳川と決裂し大坂冬の陣へ

豊臣方、徳川と決裂し大坂冬の陣へ

慶長19年(1614年)、豊臣方は使者を派遣し、徳川家康と交渉していましたが方広寺鐘銘事件をきっかけに、ついに決裂。大坂城に兵糧を運び込み、大名や浪人に檄を飛ばし、開戦準備をはじめます。

大坂方の呼びかけに応じたのが真田信繁(幸村)、長宗我部盛親、後藤又兵衛、毛利勝永、明石全登らの歴戦の勇士をはじめ浪人など約10万人。士気も高く、徳川なにするものぞという機運が大坂城にはみなぎります。

大坂城では徳川軍といかに戦うか評定が行われます。評定には真田信繁(幸村)、後藤又兵衛、長宗我部盛親らも出席し、近江まで軍を進め、徳川軍を迎え撃とうと進言しましたが、大野治長ら籠城派によって却下されてしまい、籠城と決定します。

「真田殿、大野治長は籠城、一辺倒だなあ。」
評定が終わった後、後藤又兵衛が真田信繁(幸村)に声をかけます。

「おお、又兵衛殿、まずは近江の瀬田川で徳川を足止めし、初戦に勝利する。さすれば大坂方に味方する大名で出てこよう。策がうまくいかなければ、はじめて籠城する二段構えの方が状況変化でき、いろいろな手を打ちやすいんだがなあ。わかってもらえんなあ。」

「まったくじゃ、籠城すれば味方する大名が出てくると考えているようで、大野治長の石頭め。もっとも太閤様が造られた難攻不落の大坂城なんで、城を頼んでという気持ちは分からんではないがなあ。」
後藤又兵衛がため息まじりで、つぶやきます。

「外様の立場ではやはり意見は通らんなあ。まずは槍働きで戦果をあげることを考えなければ。」

「そうじゃなあ。」

プロジェクトに対して協力が得られない

要件定義の段階で営業部門の協力がえられず、プロジェクトは暗礁にのりあげる

要件定義の段階で営業部門の協力がえられず、プロジェクトは暗礁にのりあげる

ある中小企業で、今まで使っていた販売管理システムの使い勝手がわるくなり、新しい販売管理システムを構築することになりました。これを機会に営業には外出先から入力してもらうこと考え、クラウドを活用する方針が決まりました。

企業規模が小さく情報システム部門がないため、総務部門の課長がプロジェクトマネージャーとなり、外部のITベンダーに依頼して構築することとなりましたが、最初の要件定義の段階で営業部門の協力がえられず、プロジェクトは暗礁にのりあげてしまいます。

「課長さん、頼んでいた営業部門とのヒアリング日程は決まりましたか?」
ITベンダーのプロジェクト・リーダーが課長に声をかけます。

「それが、まだ返事がないんですよ。」

「困りましたね。ヒアリングができなければ、今の販売管理システムにどんなサービスを追加したらよいかも分かりませんし、プロジェクトが前に進めませんよ。」

「お恥ずかしい話なんですが、私は入社2年目で、営業部門はベテランが多く、どうしても強く言いづらい状況でして。また今回の件は営業主導ではなく、もともと社長が方針を決めたものでして。」
頭をかきながら課長が答えます。

「では社長さんから営業部門に協力をお願いすることはできませんかね。」

「それが社長も2年前に代替わりしたばかりで、なかなか古参メンバーに口出しするのは難しいですね。」

「うーん、困りましたね。」

「私も頭をかかえています。」

少し考えていたプロジェクトリーダーが発言します。
「営業部門が動かないのは、見えるものがないのでイメージがつかめない点も多分にあるのでしょう。協力が得られるように、まずは実績作りをしましょう。」

「実績作りですか?」課長がたずねます。

「現行の販売管理システムをクラウド化します。これなら現行システムからそのまま移行しますので、営業部門のヒアリングがなくても構築できます。クラウドですので外出先からの入力や参照といった最低限のニーズは満足します。できあがれば、システムを実際に使ってもらうことで、いろいろと意見が出てくるでしょう。それをまとめて改良する二段階でやりましょう。」

大坂城では真田信繁(幸村)による真田丸造りがはじまります。