映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』
第87回アカデミー賞授賞式。客席から万雷の拍手を浴び、最も感動的だったと言われるスピーチをしたのが『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』の脚本でアカデミー脚色賞を受賞した脚本家のグレアム・ムーアでした。「16歳の時、私は自殺を図りました。しかし、そんな私が今ここに立っています。私はこの場を、自分の居場所がないと感じている子どもたちのために捧げたい。あなたには居場所があります。どうかそのまま、変わったままで、他の人と違うままでいてください。そしていつかあなたがこの場所に立った時に、同じメッセージを伝えてあげてください」
『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』は、アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞など8部門にノミネートされた(脚色賞を受賞した)のをはじめ、ゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞など、夥しい数の映画賞でノミネート・受賞に輝いています。そして、作品およびキャスト・スタッフが、ヒューマン・ライツ・キャンペーンによって表彰されたほか、3/21発表のGLAADメディア賞でも受賞が期待されるなど、コミュニティ内でも高く評価されています。
1952年、ケンブリッジ大学教授であるアラン・チューリングの家に泥棒が侵入。当の教授はさっさと警察を追い返しますが、不審に思った刑事が教授を追及すると、その口から予想だにしない真実が告げられます…
天才数学者のアラン・チューリングは、第二次大戦が始まると、ドイツ軍の「エニグマ」という超難解な暗号(159×10の18乗通りの設定があり、それが毎日変えられる)を解読する任務に就きました。人の手ではとても無理なので、彼は計算マシン(コンピュータの原型みたいなもの)を組み立てようとするのですが、子どもの頃から人とのコミュニケーションが苦手だったせいで(変わり者であったがゆえに学校でいじめられるアランの子ども時代のエピソードが挿入され、せつなさを高めます)、チームの仲間にも上司にも反発をくらい…。紆余曲折を経て、アランたちはついに解読に成功し、連合国を勝利に導きます(この「エニグマ」の解読は、第二次大戦の終了を2年早め、約1400万人の命を救ったと言われています。チャーチルは、アラン・チューリングが「連合国の勝利に最大の貢献を果たした」と述べました)
戦争が終わると「エニグマ」解読の事実は軍事機密とされたため、誰もアラン・チューリングが世界を救ったなんて知りませんでした。もし彼がずっと生きていさえすれば、第二次大戦の英雄として人々から讃えられる機会が訪れたことでしょう。しかし、それは叶いませんでした。1952年、同性との性行為に及んだかどで逮捕され、性欲を抑えるために女性ホルモンを投与されるという不条理な罰を受け、2年後に青酸カリで自殺したからです。
映画は、天才数学者であり、風変わりなオタクであり、ゲイであったアランの姿を生き生きと魅力的に描き出し(カンバーバッチの面目躍如です)、同時に、ゲイであるというだけで罰せられることの不条理を、これ以上望むべくもないほどの説得力で、観客に訴えます。誰もが、アランチューリングの偉大さを認め、そのキャラクターに魅せられ、あのおかしな法さえなければ…とせつない気持ちにさせられるはずです(自由を旗印に掲げてナチス・ドイツと戦った英国が、まるでユダヤ人を迫害したナチスのようにゲイを迫害していた、その不条理に気づかされるのです)
大筋は以上の通りです(ここまではよく知られている話です)。しかし、それだけではなく、脚本の細部にさまざまな真実が宿っています。この作品が単なる「アラン・チューリングの生涯を描いた伝記映画」にとどまらず、多くの観客の共感を呼び、アカデミー賞に輝いたのも、その辺りに秘密があるのではないかと思います。
アランは、子ども時代にいじめられた経験から、暴力を徹底的に忌避する言葉を発しています。そして(詳しくは映画で観ていただきたいのですが)、学校で唯一の友達だったクリストファーとの友情を生涯にわたって大切にしていました。これは「友愛」についての物語でもあるのです(フーコーをはじめ、多くの研究者が、ゲイの人間関係のうちに「友愛」を見出しています)
そのこととも関係するのですが、アランは、まだ女性が「知的職業に向かない」と蔑まれていた時代にあって(映画の中であからさまな女性差別のシーンがあって、ビックリさせられます)、ジョーン・クラークという才能ある女性を堂々と登用し、生涯にわたる友情を築いています(セクシュアリティを超えた友情。ソウルメイトってこういうことを言うのかもしれないな、と思いました)。「誰も想像しない人が想像できない偉業をやってのける」という言葉が、二人を支えます。
それから、これは深読みかもしれませんが、チームの仲間たちと距離ができてしまったアランが仲直りの印としてみんなに林檎を配るエピソードがあって、ハッとさせられました。林檎は(おそらくあまりにも有名なので、映画の中では描かれませんでしたが)、アランが自殺と見られる不審死を遂げたときにベッドの傍らに落ちていた、ある意味「ダイイングメッセージ」だったからです(好きだった白雪姫の物語をなぞったとか、さまざまな憶測を呼んできました)。アランにとって林檎は友情の印でもあったのかと思うと、死ぬ間際に林檎を持っていたという事実が、よりせつない意味合いを帯びてくるのでした…。
『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』
2014年/アメリカ、イギリス/配給:ギャガ/監督:モルテン・ティルドゥム/原作:アンドリュー・ホッジス『Alan Turing: The Enigma』/脚本・製作総指揮:グレアム・ムーア/出演:ベネディクト・カンバーバッチ、キーラ・ナイトレイ、マシュー・グード、マーク・ストロング、チャールズ・ダンス、アレン・リーチ、マシュー・ビアード、ロリー・キニアほか/全国で公開中