マーケティング/マーケティング事例

「なだ万」身売りの衝撃!老舗が大手に買われる理由

高級料亭「なだ万」がアサヒビールに買収された。「なだ万」といえば200年近い歴史を持つ、料亭の代名詞的存在だった。そんな歴史の中で育まれてきた強固なイメージは諸刃の剣。一つ戦略を誤ったことで客足が途切れはじめた。買収劇とともに老舗ブランドの今後について、マーケティング視点で解説します。

新井 庸志

執筆者:新井 庸志

マーケティングガイド

なぜ、「なだ万」は買収されたのか

このまま老舗料亭は衰退していくのか

このまま老舗料亭は衰退していくのか


高級料亭「なだ万」がアサヒビールに買収された。「なだ万」といえば、1830年創業と200年近い歴史を持つ老舗中の老舗。1919年、第一次世界大戦のヴェルサイユ講和会議に随行したり、政府要人が夜毎会合で利用する料亭の代名詞的存在だった。

その「なだ万」がなぜ身売りをしなければならなかったのか? 根本となる要因は2つだ。一つは日本の経済状況が変わったこと。もう一つは経営者交替の失敗だ。

まず、日本経済が変わったことについて。バブル崩壊以降、高級店を使う人が少なくなってきた。プライベートはもちろん、経費削減のあおりを受け、企業側も接待交際費を年々減らす傾向になってきた。それだけではない。近年ではコンプライアンスという観点から接待自体を控える傾向にまでなってきている。企業だけでなく政治家も同様。有権者の目もあり、高級料亭の密室で夜な夜な会合を持つような時代ではなくなってきている。こうした時代背景があって、高級料亭を使うシーンは減少しているのだ。

二つ目は経営者交替の失敗。現在の社長は1989年に就任している。就任してしばらくしてバブル崩壊となり、日本経済が下降局面に入った。こうした中、従来の日本料理店ではなく、総菜・弁当を販売する「なだ万厨房」を大きく展開する方向に舵を切ったのだ。経営者としては売上を維持向上するためだったのだろうが、これが結果的には「なだ万」凋落の引き金となった。後述するが、現在の社長が経営やマーケティングについて長けているか、優秀なブレーンがいれば良かったのだが、結果的には経営者交替の失敗となってしまった。


「なだ万」の多角的展開

ブランド力のある企業や商品であればあるほど、名前を利用した多角的展開が可能だ。高級料亭の最高峰のブランドイメージがあった「なだ万」の場合は、惣菜・弁当を売る「なだ万厨房」を展開していった。現在では、コンビニなどで、なだ万監修のカップみそ汁まで販売している。

コンビニでも「なだ万」の商品が並ぶとなれば、それまで高級料亭に行きたくても行けなかった人達にとってはその味を知る絶好の機会となるはず。マーケティング戦略のなかには、そうした人達へのファーストアプローチとして、商品(あるいは味)の魅力を知ってもらい、最終的に料亭へと導く方法はある。ただ、これを成功させるには条件がある。それはファーストアプローチである惣菜・弁当が料亭「なだ万」と同じくらい美味しいか、美味しさの可能性を感じさせるものであること。もう一つは、料亭へ本当に来てくれるお客であるかどうかということだ。

このどちらが欠けても、ブランド力の強さで一時的には売れても、結果としては大きなダメージを受けるというリスクをはらむ。ブランドを切り売りするような見え方に、既存のお客さんの多くは良い印象を持たないのだ。そうなると、別の料亭にスイッチすれば良いだけの話である。結果的に「なだ万」はここで見誤ったのではないか。


得るのは難しく、失うのは早いブランドイメージ

ガイドは料亭「なだ万」、そして「なだ万厨房」の総菜・弁当ともに口にした経験がある。そして、個人的な感想だが、「なだ万厨房」の弁当が料亭のブランドにふさわしいものかどうかには疑問が残る。つまり、この多角的展開が、既存客からも一般客からも望まれないものになってしまったというのがガイドの見立てだ。

また、問題はそれだけではない。例えば、組織である以上、一流料理人を目指して「なだ万」に入ってきた料理人候補が、弁当や総菜製造の方に回されるケースも増えてくるだろう。しかし、本来、彼らは「職人」になりたいのである。一流になりたい人であればあるほど、なだ万に組織として魅力を感じなくなるのは想像に難くない。ここに料理の質の点で問題が生じるのは明らかだ。

ブランドイメージを使った事業多角化展開が誤った方向に行ってしまうと、取り返しのつかないことになる。ブランドイメージを高めるには時間がかかるが、失うにはそれほど多くの時間はいらないのだ。
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