ビル・エヴァンス(p) ジム・ホール(g)「アンダー・カレント」より「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」

 

アンダーカレント

アンダーカレント

ビル・エヴァンス」は、モダン・ジャズ・ピアノの開祖と言われた「バド・パウエル」以来のイノベーターです。ここではそのビルと、趣味の良いプレイに定評があるギター奏者の「ジム・ホール」の、丁々発止としたやり取りが楽しめます。

演奏されるのは、甘口のスタンダード・ソングとして有名な「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」。このスイートな曲を、二人は緊張感あふれるビターな演奏へと昇華しています。

出だしのビルによって奏されるテーマのテンポとタッチやそのメロディに絡みつくように演奏されるジムによるバッキング。最初からこの曲が決して甘いものではないという二人の意図が感じ取られます。

ジムのアドリブのバックでのビルの硬質な音色。お返しとばかりのビルのバックでの、ジムによる切れの良いカッティングなどスリリングな二人の演奏は続きます。

通常は、スローでじっくりと歌いあげられることが多い、この「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」。二人の協演は、曲の違う面を見ることができる、ある意味もっともジャズ的なデュオ演奏と言えます。

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デューク・エリントン(p) ジミー・ブラントン(b)「ザ・ジミー・ブラントン・イラ」より「ピター・パンサー・パター」

 

The Jimmy Blanton Era

The Jimmy Blanton Era

ジャズのメッカ、ニューヨークのハーレムのキングと言えば、この人「デューク・エリントン」です。

デュークは、1920年代から1970年代まで文字通りキングとして君臨した大物です。デュークの元からは、ジョニー・ホッジス、クーティ・ウィリアムス、ベン・ウェブスターといったキラ星のようなスターが数多く育っています。

その中には、才能に見合うだけの活動期間がなかった不運のミュージシャンもいます。ベース奏者のジミー・ブラントンは、特筆すべき存在として、歴史にその名をとどめています。

ジミー・ブラントンは、1918年生まれで、結核によりその絶頂期にあった1942年に、24歳で早逝してしまうベース奏者です。その短い活動期間の間に、スウィング・ジャズ当時としては珍しい、デュークのピアノとのデュオ演奏や、エリントン楽団での貴重な名演を残しています。

志なかばにして病に倒れたジミー。そのアイディアは、すぐ後に続くチャールズ・ミンガスレイ・ブラウンといったモダン・ベース奏者へと受け継がれました。人々はジミーをして「モダン・ジャズベースの開祖」と呼んだのです。

ここで聴かれるデュークとのデュオ「ピター・パンサー・パター」は、そのモダンな奏法が随所に捉えられ、いかにジミーが進んでいたかがわかる内容です。

これまでの、ベース奏者はみな、一音一音が短く、四分音符を半分の長さの八分音符のように弾いていました。これは、もちろんそれまでの主流だった跳ねるシャッフル・ビートの影響が大きいですが、弾けなかったという見方もできます。

ジミーは、4ビートの基本の四分音符をその長さで引くことができた初めてのベース奏者と言えます。それにより、それまで跳ねていたビートに、糸を引くようなねばりが生じ、現代につながるウォーキングベースの基本形ができたと言えます。

ジミーは、ピチカート(指で弾いて音を出す奏法)のウォーキングベースの音の長さを始めて意識して演奏することができたイノベーターなのです。

次のページでは、歌のファースト・レディと呼ばれたヴォーカリストと粋なピアノのデュオ作品をご紹介します!

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