マーケティング/マーケティング事例

レクサス、ベンツ。自動車メーカーがカフェを作る理由

自動車メーカーのショールームは進化しています。自動車を売るのではなく、自動車が持つ世界観を感じてもらうため、カフェやレストランをメインにするショールームが誕生しています。なぜ自動車メーカーは今までのショールームではなく、新しいショールームの形を進めるようになったのか。その裏側に迫ります。

新井 庸志

執筆者:新井 庸志

マーケティングガイド

進化するショールーム

最近、高級自動車メーカーのショールームの進化が目覚ましい。メルセデスベンツは2011年7月、六本木にMercedes Benz Connectionというレストラン併設のショールームをリニューアルオープンさせた。そして2013年4月には、大阪グランフロントにもオープンさせた。また、高級日本車の筆頭格であるレクサスも2013年8月、表参道にIntersect by LEXUSというカフェをオープンさせた。なぜ今、高級自動車メーカーはショールームに力を入れているのだろうか。

ショールームの変遷<多数展示の時代>

そもそも自動車メーカーにとってショールームとディーラー(販売店)はほぼ同じ位置づけだった。お客さんは自分の欲しい車を売っているディーラーに行き、試乗し、購入した。自動車は家族にとっての憧れであり、必要なものだった。だからこそ、自動車メーカーがお客さんに歩み寄らなくても、お客さんの方から自動車を見に来てくれたのだ。しかし、時代とともにお客さんは変わっていく。

1955年に発売を開始したトヨタクラウン。発売以来長い間、自動車は豊かな生活の象徴であり、クラウンは憧れの頂点的存在だった。「仕事をがんばってカローラを買うことが出来た。いつかは頂点のクラウンに乗りたい。そのためにもっと頑張ろう」。それが時代の空気だった。日本経済が発展する中、1983年には「いつかはクラウン」という有名な広告も出現した。

しかし、時代とともに人々の意識も生活スタイルも変わった。誰もがカローラに乗り、クラウンを欲していた時代は終わった。そして、人々の趣味嗜好も多様化した。自動車メーカーはさまざまなラインアップを用意することで、お客さんのニーズにこたえようとした。その結果、ショールームに多くのモデルを展示をさせるケースが多くなった。その後、メーカー各社は自動車を展示するだけでなく、メーカーの歴史や品質の高さをアピールする場として大型ショールームを設けるようになった。
 

ショールームの変遷<エンタテイメント展示の時代>

1990年、トヨタは池袋に新しい形のショールーム、アムラックスをオープンさせ、その後1999年には、台場にMEGAWEBをオープンさせた。ショールームは、大人だけでなく子供にも車に興味を持ってもらうものへと発展していった。

MEGAWEBでは、全長1.3Kmの決められたコースを走るRIDE ONEを親子で乗ったり、ゴーカートで遊んだりすることが出来る。またスタンプラリー実施、大型のカーレースゲーム設置、ここでしか買えないミニカー販売コーナーなど、子どもが何時間でも遊べる仕組みが施されている。当時の戦略としては、子供の頃からトヨタに親しんでもらって、トヨタファンへ育てるというナーチャリング的な目的があった。また、親子で楽しめる場所とすることで、車に興味のある父親が、車に興味の無い母親や子どもを一緒に連れて行くことで、自動車購入への意識付けを行えるという目的もあった。

しかし、状況はまたもや時代とともに変化する。そもそも人々は自動車にあまり興味がなくなってしまったのだ。2013年12月、アムラックスはその役目を終え閉店し、MEGAWEBのみを残すことになった。
 

固定観念を壊した "LEXUS ショールーム"

Intersect by LEXUS

Intersect by LEXSUS


Intersect by LEXUSを訪れると車は1台しか展示されていない。残りのスペースはカフェであり、レストランだ。その施設の中には、車のオブジェやシリンダーを連想させるアイコンなどがデザインされているが、実際の車は1台しかない。そして、カフェやレストランを利用しても、自動車について強くPRされることはない。和モダンな空間の中で、上質な料理を頂くことが出来る。その”体験”こそが、ショールームを通じてレクサスが訴求したいことなのだ。

昨今、若者の自動車離れはますます顕著だ。自動車が憧れであった時代は終わり、自動車が人の生活レベルを表す時代は終わった。都市部に住む人々がますます増え、生活における自動車の必要性も徐々に低くなってきた。トヨタやマツダのCMを見ればわかるように、自動車メーカーは自動車の性能そのものをPRするのではなく”自動車と関わる喜び”を伝えることで、若者の自動車需要を喚起しようと躍起になっているのだ。
 

”製品体験”から”世界観体験”へ

一般的にショールームの役割として”展示”に加えて”体験”という役割がある。確かにジャンルによっては、高価格帯製品を”体験”させることが、購入の後押しになることはある。例えば、イヤフォン。イヤフォンには1000円以下のものもあれば、1万円以上のものもある。1万円以上のイヤフォンを使ったことの無い人は、今使っている1000円以下のイヤフォンで満足する人も少なくない。

しかし、1万円以上のイヤフォンを試して、その性能を実感すると、今ままで自分が良いと思っていた音がそうではないことに初めて気づく。基本的なデザインや機能は変わらなくても、内容が全く違うということを認識して、初めて1万円以上のイヤフォンを買おうという気持ちになるのだ。このように、基本的な機能やデザインが似ている製品で、市場平均価格よりも高価格な製品の場合には”体験”という機会が重要なのだ。

ただ、このセオリーが当てはまるものと、当てはまらないものがある。当てはまらないのは高級自動車、高級時計、高級ブランドバッグなどだ。これらの製品群は、デザイン、品質、乗り心地(着け心地)では超えられない高い金額の壁がある。重要になるのは”製品体験”ではなく”世界観体験”なのだ。ブランドの世界観を感じて、身につける。その心の満足感こそが重要になる世界なのだ。だからこそ、高級車であるメルセデスベンツも、レクサスも、ショールームを進化させ、自動車の性能ではなく、ブランドの世界観を伝えようとしているのだ。
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