住み続けて3代という住民は「おせっかい」
「これは何ですか?」と尋ねると、「手ぶらでは挨拶でけへんでしょ」ときつい口調で諭されました。袋の中身はタオル、しかもノシ付き。今日あたり、お菓子でも買って挨拶に行こうと思っていた私は、先制攻撃されたかっこう。うろたえるばかりの私を有無もいわさず、引き連れて挨拶まわりがスタート。まずは同じ町家に住む3軒に挨拶。その後向いの1件へ。これでご一緒しているお隣の方に挨拶すれば終了、と思いきやさにあらず。異なるブロックのお宅を更に5軒まわることに。これらの方々は町内会の役員なのだそうです。なかには「若い方(当時57歳の私のこと)に来てもらって心強いです」とおっしゃる方もあり、ご近所のほとんどの方々が後期高齢者であることを知りました。
挨拶が終って町家へ戻る道すがら、お隣の方は「普通、挨拶は引っ越しの3日前までには済ませるというのが、このあたりの作法。ここに住まわせていただきます、と前持って挨拶するのが筋というもの」と私の不作法をあからさまに指摘いただき、身が縮む思いながらも、ここに住むかぎり、町内会活動から逃れることは不可能、と覚悟した私でした。
そして、このあたりの町家にはお隣の方のように親切でおせっかいな方々が多数住んでいることを実感しました。祖父、親、子3代が住み続けている町だからでしょうか。
遮音性が低く、隣の生活音が筒抜け
隣の生活音を聞きながら、というのが昔ながらの町家の特徴でしょうか。
また、この町は町内活動が盛んですから、たえず回覧板がまわってきます。私は東京と京都を往復する生活なので、留守がち。東京から戻ってくると、すぐさま隣りの方が回覧板を持ってきます。私が居るか居ないかは、ちゃんと分かっているのです。
そうです、町家は生活音が筒抜けです。両隣の暮らしの気配が良く分かるのです。町家暮らしがそれなりに長くなってくると、朝6時にうがいの音が聞こえないと、どうしたのだろう、ひょっとして病気では?と心配になってくるのです。ついでにあまり物音をたてずに暮らすようになるため、とてもお行儀が良くなる、という副産物も得られます。
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