ドイツ語の源って?

今日「ドイツ語」と称されている言語の原型ははっきりとはしていませんが、資料によって確認できる限りではいわゆるインド・ヨーロッパ語族におけるゲルマン語の祖語がそれとされます。この語派に現在分類されているのはドイツ語の他、英語やオランダ語、デンマーク語などの北欧諸語、またはゴート語のように死語となった言語です。このゲルマン語の特徴の一つとして、童話でお馴染みグリムが体系化した第一次子音推移を経ているという点が挙げられます。例えばラテン語との対照でいえば、pater(父)が英語でfather、ドイツ語でVater(ァーター)となっていたり、duo(2)が英語でtwo、ドイツ語でzwei(ヴァイ)だったりと、子音部に共通性を持つ音韻変化が現在でも確認できるわけです。この子音推移は、すでに紀元前に起きていたと推測されています。

Mitteleuropa

「ドイツ語圏」は初めより中欧に位置します

この「ゲルマン語」からの「ドイツ語」の誕生には、4世紀に始まるゲルマン民族大移動、843年の東フランク王国の成立が歴史的に重要な出来事となります。つまりこれにより今日で言う「ドイツ語圏」を構成することになる部族の国家的まとまりが生じたのです。ただしその言語は統一性をもったものではなく、特に再び生じた(第二次)子音推移により、これを経験した中南部の高地ドイツ語Hochdeutsch)と、影響を受けなかった北部の低地ドイツ語Niederdeutsch)との間に、今日までも続くことになる方言の相違が生まれることになりました。

高地ドイツ語の発展

この第二次子音推移を経験したドイツ語を、古高ドイツ語Althochdeutsch)と呼びます。これは古期高地ドイツ語という意味で、さらにこの発展形は中高ドイツ語Mittelhochdeutsch)、新高ドイツ語Neuhochdeutsch)と称されます。

古高ドイツ語は文書としての記録を持つ最古のドイツ語で、時期としては7世紀から11世紀初め。特徴としては上述の第二次子音推移を経ていること(ゲルマン語で「リンゴ(Apfel)」にあたるapplaがapfulになる等)、ウムラウトが見られること(例えば「客」が単数形gast、複数形gesti。今日のGast/Gästeに相当)等。また冠詞や、助動詞による完了・受動形が発展したのもこの時代です。

これに続く中高ドイツ語は11~14世紀半ば、中世期のドイツ語。古高ドイツ語の文献がほぼ教会・修道院のものであるのに対し、中高ドイツ語には騎士・宮廷詩人による文学作品が登場し、複合文を用いた詩的表現の発展を見ることができます。英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』もこの期の作品です。また従来ラテン語で記されていた公文書も、教会関係を除きドイツ語が徐々に並行して用いられるようになります。

標準ドイツ語の成立へ

その後は現代の分類では17世紀半ばまでが初期新高ドイツ語、続いてほぼ現代ドイツ語の形を成す新高ドイツ語時代となるわけですが、これは人々にとって「規範」となりうるドイツ語がようやく形を成してゆく過程でもあります。つまりフランス、イギリスにおけるパリやロンドンのような政治的・文化的中心を持たなかったドイツ語圏では、言語に関しても各方言が分立した状況で、統一された正書法もなく、いわゆる「標準ドイツ語」と認められるものがなかったのです。また特に学術分野での著述は、概念の未熟から教養人の言語としてのラテン語やフランス語で行われざるを得ない状況が18世紀までも続きました。ドイツ語の歴史とは、民族意識の高揚と共にそのような状況から脱却し、自らの言語が参照すべき規範を結実させてゆく発展過程とも言えるでしょう。

Luther

マルティン・ルター(1483-1546)

その規範的ドイツ語の成立に最も大きな寄与を成したのが、宗教改革者ルターによる聖書翻訳、そして1522年に始まったその活版印刷による流通です。官庁言語に則る書き言葉でありながらも語り言葉のような親しみやすさと響きを持ったルター訳聖書は、人々の信仰心に訴えると共にドイツ語の新たな規範を確立し、また彼の翻訳が低地ドイツ語の語彙を取り入れつつも基本的に高地ドイツ語初期新高ドイツ語)によるものであったことは、それまで最も大きな対立であった高地と低地の言語上の競合関係を終結へと導くものでありました。

このルター聖書以後も、文学者や知識人による文書は印刷された形で流通し、特に書き言葉として範とすべきドイツ語の形成に参照されてゆくことになります。その他、標準ドイツ語形成のための主な活動として、さらに以下のものが挙げられます。
  • 文法:1578年に最古のドイツ語文法書である『ドイツ語文法』がラテン語で出版され、以後も規範文法の確立のため様々な文法書が公刊されてゆきます。
  • 辞書:語彙の整備のため17世紀よりドイツ語によるドイツ語辞典の編纂も開始されます。今日代表的なDudenのシリーズもこの流れを汲むものです。
  • 舞台:方言による隔たりが特に大きい発音に関しては、19世紀より劇場での「舞台ドイツ語(Bühnendeutsch)」が範とされる伝統が生じました。今日ではテレビやラジオでのアナウンサーの発音が専ら参照されます。
  • 教育:かつては教会主導であった規範的ドイツ語の形成は国家に引き継がれ、学校教育等を通じて広められてゆくことに。また17世紀の「結実協会」のような、ドイツ語の洗練を目指す言語協会も設立されました。
このように、ゲルマン民族の言語として始まったドイツ語は、個人、共同体、組織による様々な試みを経て、次第に標準ドイツ語としての輪郭を明瞭にしてゆくこととなります。その過程では、民族意識の高揚による推進を見ることができる一方、言語にとって普遍的なるものへの形成意欲もまた原動力となっていることは見逃せません。これはことに今日、グローバル時代と称され、様々な言語が様々な媒体で接触しあう状況においても、さらなる普遍性へと向かってドイツ語が発展してゆく可能性を示すものでありましょう。




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