経営者の情念

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「悔しい。あまりに悔しくて、ゆうべは眠れなかった」。故中野淳一氏は、当時野村不動産の社長として陣頭指揮を執っていた。あるマンションデベロッパーが、銀行から数千億円の債務免除を受けたその翌日、社長室に入っきた私たちに開口一番発したセリフがこれだった。2002年のことである。

カタカナ社名の新興デベに後れをとりながらも、大手不動産各社がその知名度を武器に、分譲マンションの市場シェアを高めはじめたちょうどそのころ。地価は底を打ち、相場より少し高くても良いものを手に入れたいという顧客ニーズの変わり目でもあった。都心回帰の波に乗り、大型案件や再開発プロジェクトを取り込むためにブランド構築が急がれた矢先の出来事だった。

1995年から野村不動産の社長を務めた中野氏は、徹底した営業力強化を軸に、品質向上やアフターサービスの体制を整え、顧客の信頼獲得に尽力した。独特の経営手法で、社内の競争意欲を活力に業績を伸ばし、バブル崩壊後の懸案であった財務内容の改善を成し遂げる。若手営業マンと直に接し、役職員に高い要望を出すスタイルは、たびたび経済紙にも取り上げられた。厳しく求め続るしかない状況の一方で、借金を棒引きされる企業がある。本来なら、市場から退場を迫られるはずなのに。同年、野村不動産は新ブランド「プラウド」を発表。全社一丸の意味合いが濃かったのだが、世間への浸透も早かった。2006年には東証一部にIPO(新規公開)を果たす。

マーケットインの強みと弱み

プラウドのモデルルーム

プラウドのモデルルーム

分譲事業は仕入れ次第、と長らくいわれてきたが、野村の躍進はある意味それを覆したとも受け取れる。製販一体は、マンション専業デベも掲げてはいたが、営業部が用地買収前に現地を視察するといった流れなどは当時まだ少なく、野村が率先して築いた工程(バリューチェーン)だといえよう。

いまでは一般的となった、モデルルームの「予約制」も同社がはじめた手法である。接客に集中し、来場者数に対する購入者の比率を伸ばすことは、低コストのみならず現場のモチベーションを上げた。顧客と向き合う密度の高さは、商品企画の改善にまで発展。マーケットインに徹し、売れ筋からハズさない商品を心がける。だから、野村のマンションは中古になっても一定の競争力が期待できるといえるだろう。

しかし、業界を問わず、マーケットインの集積から、新たなトレンドや意外性を伴った絶賛を浴びるような商品を出すことは容易ではない。現在の延長上から抜け出すことが困難だからである。「グロスを合わせにいくという考えだけではいけない」。フランス大使館旧館跡地プロジェクト「プラウド南麻布」の泉山所長は完売後の感想をこう述べた。望む望まないに関わらず、マーケットインに徹するしか選ぶ道がない状況は、どの企業もある。しかないと述べたが、不動産開発分野で生き残ること自体が容易でないことは冒頭申し上げた通り。

トップブランドとして勝ち残るには、少し余裕の出てきたときに、どんな新しい提案を世に問うことができるか。それがターニングポイントになる。