高台と邸宅の関係

千鳥ヶ淵

千鳥ヶ淵

内堀通りを「日比谷」から外回りで走る。道は、最高裁判所のある「三宅坂」交差点あたりから結構な上り坂に入り、そのあと靖国神社、九段下にかけて長い下りになる。このたった4、5キロほどの道のりでも、「半蔵門」から「千鳥ヶ淵」までが明らかに高台にあたるのがわかる。そして、その西側に広がる一帯が「千代田区番町」である。

徳川将軍は江戸城を囲む地形のなかでもっとも高い場所に家臣を住まわした。襲撃をいち早く察知するためだったといわれている。日当たりが良く、水はけの良い高台は住まいとしてもさぞかし快適であったろう。見張りに適した高い土地は当然眺望に優れる。番町の道路は富士の方角に向けたという説もあるくらいだ。

江戸のお屋敷街はその後、区画の大きさと緑豊かな環境が受け継がれ、近代の資産家などが豪邸を構える格好の候補地となる。現代に至るも、その一部に高級マンションが建つといった景観の違いこそあるが、都心の高台は閑静な邸宅街としていまだ根強い人気を誇っている。住むに適した好条件というものが今も昔も大きく変わらないということであろうか。


起伏の激しい都心の地形

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では、具体的にどれくらいの高さからを「高台」と呼ぶのだろうか。実際には「高台」という表現は相対的な意味で用いられる感が強い。まわりにくらべて高いと思うときに使うのだが、印象を数値であらわすことができたら、より説得力もって説明ができたり、納得して判断を進めることができるかもしれない。

番町を例にあげたので、千代田区の標高を調べてみよう。「日比谷シャンテ前(有楽町1丁目)」は1.94mである。これに対し、東郷公園(三番町)は29.4mである。約27mの差。これはマンションでいえば、およそ9階分相当の違いにあたる。「九段会館」6.9m、「東京商工会議所(丸の内3丁目)」2.4mであるから、内堀通りの東側の半円はおおよそ標高が10m以下だ。

住宅購入においては、液状化予測図や地盤情報に加え、標高も重要な指標のひとつに数えられる。にもかかわらず、正確な情報を収集する手立ては案外知られていないかもしれない。「あそこは高台」、「この辺りが低地」といった抽象的な把握の仕方ではなく、具体的な数値をみるにはどうしたらよいのだろうか。次のページで紹介してみたい。