世界中に張り巡らされた「黄金」の人脈

バイ・デザイン社内 海外で見たユニークな製品の話題で盛り上がる 少数精鋭で世界の大企業相手に取引する
その交渉術もさることながら、交渉相手を味方に引き入れ、多少の無理を頼める人脈に変えるテクニックも、飯塚さんの強力な武器だといえます。

飯塚さんは、世界中のエレクトロニクス業界の首脳と強力なパイプがあり、現在のビジネスにも、その豊富な人脈が活かされています。

24歳で単身韓国に送り込まれて以来、主に海外で活躍してきた飯塚さんは、どうやってその人脈を築いたのでしょう。


韓国に着任した当初は、現地に知り合いもおらず、バイヤーとして現地メーカーを訪ねても、若い日本人だったため、なかなか話を聞いてもらえなかったという苦労もあったそうです。

当時の韓国は、海外との交易が制限され、海外の情報が入りづらい環境でした。そのため韓国メーカーの担当者は、販売先のアメリカ市場の情報と、日本のエレクトロニクス技術の情報に飢えていました。

そこで飯塚さんは、日本の産業新聞やアメリカの雑誌などを取り寄せ、熱心に情報収集したのです。

豊富な情報を持ち込む飯塚氏に、相手の担当者が興味を引かないわけがありません。いつの間にか「飯塚となら組める」という評判が高まり、担当者と公私ともに友人となっていったのです。

そしてその担当者たちが、現在の韓国大手家電メーカーの首脳になったのです。

「商売を離れても『あなたのために』という姿勢を忘れてはいけません。相手と一緒になって商品企画を考えたり、アドバイスすることによって、お互いの信頼感が醸成されるのです」

労を惜しまず相手に尽くす姿勢が相手を成功に導き、ついには“黄金の人脈”となって還ってくる―――。それが飯塚流「人脈術」なのかもしれません。