日本一有名な広報担当者が語る「広報の仕事」
▲乙部 綾子さん 株式会社ライブドア メディア事業部 広報宣伝グループ アシスタントマネージャー 96年2月から約4年半、日系・外資系航空会社の客室乗務員として活躍。その後、高級レストランのレセプショニスト、秘書アシスタント業務を経て、02年10月ライブドア入社。ブログ『ライブドア広報・乙部綾子のお仕事日記』更新中。ガイドが取材した日の様子もブログに書かれています。『私のポジティブ仕事術40のヒント』(双葉社)。詳細プロフィールはこちら |
彼女はどうやって、同社をメディアに注目される企業にしたのか? いまや取材依頼が絶えない同社も、乙部さんがマスコミに「取材してほしい」とお願いしていた時期があったという。
乙部さんのライブドア入社(2002年10月)から現在までの、約2年半の仕事について話を聞きながら、広報担当者の仕事とは何か教えてもらった。キャリアの選択肢として「広報」という仕事を考える材料にしてほしい。
Contents
1.日本一有名な広報担当者が語る「広報の仕事」
2.能動的な広報を目指した
3.堀江社長のリクエストはたった一言だった
4.社内取材からスタート
5.「広報の仕事」とは?
6.広報担当者には「企画力」が必要
7.テレビ局に売り込んだ「カバラ紐」
能動的な広報を目指した
―――乙部さんは2002年10月、オン・ザ・エッジ(現ライブドア)に入社して、初めて広報担当者になったと聞きました。当時の広報部門はどんな状況でしたか。乙部:当社の広報部門は、私が加わって4名になり、現在も4名です。当時はどちらかというと“受け身”の広報でした。マスコミから「取材させてください」という依頼があって、それで引き受ける―――。
私はそれではダメだと思っていたんです。せっかく日本経済新聞社にも番記者(担当記者)がいらっしゃる会社なのですから、彼らとの関係を強化して、もっと能動的な広報になりたいと考えていました。
今後のアップ予定
・第1回 ライブドア広報・乙部綾子さんのキャリア
・第2回 日本一有名な広報担当者が語る「広報担当の使命とは?」
・第3回 乙部綾子さん「ライブドア、文具は個人負担?」
・第4回 今だから話せる「ニッポン放送の舞台裏」