熟成のメカニズムは複雑だ
ある読者の方から、モルト原酒は樽貯蔵中にどんな現象が起きて熟成していくのか、との質問を受けた。これを説明するとなると、かなり専門的になるし、科学的解明がなされていない部分も多々ある。私の理解している範囲内で、簡単に説明しようと思う。樽材からリグニン、ポリフェノール(タンニン質)が溶け出て、蒸溜された無色透明の原酒、ニューポットの成分と反応し合う。これで新たな熟成香が生まれる。
リグニンが甘い香りのバニリン(バニラの主成分)といった芳香物質を生み、琥珀色はポリフェノールをはじめとした成分が生む。
時の技によって、深く豊かで華やかなモルト原酒が誕生していく。 |
樽の内部の空気によって原酒成分の一部が酸化。香味が変化し、熟成反応が促進する。
原酒中の脂肪酸とアルコールが反応。脂肪酸エステルという芳香成分が生まれる。いわいるエステリーと呼ばれる甘く華やかな香り。
バラといったフラグラント。バナナ、洋梨、リンゴなどのフルーティ。そして熟す前のメロンの香りもある。これは酢酸エチルによるものだが、メロンの香りが強すぎるとセメダインの匂いとなって現れる。このバランスをブレンダーは見極める。
これは小さな水の分子が集まって大きなアルコール分子を包んでいく現象。アルコールの刺激が弱まり、まろやかさが生まれる。
原酒は樽材を通して年間2~3%が蒸散してなくなる。天使の分け前というが、呼吸するように外気も入り込む。この呼吸によって一部の未熟な熟成香が蒸散し、一方で熟成香味を持つ成分が濃縮されてもいる。
以上だが、これらはすべて貯蔵樽に均一に生じる訳ではない。ニューポットのタイプ、樽の材質、大きさや古さ。貯蔵場所の気候風土をはじめとした諸条件などの要素がからみ合って、複雑な反応を見せる。そして年月という時の技が必要だ。
熟成の理屈を知ることよりも、私たち飲み手は時の技というウイスキーの抱いたロマンに酔いしれるほうが幸せだと思う。