サロマ湖100km年代の部で優勝
サロマ湖100km年代の部で優勝
ランナーに足を運ばせる動機とは何なのでしょうか。「ウルトラマラソンとは?」「ウルトラマラソンの魅力 奥熊野の手作り感」では、二人の100kmウルトラマラソンチャレンジャーをご紹介しました。フルマラソンでもとてつもない距離だと思っているランナーは数多いと思います。そのフルマラソンの完走経験があったとしても、とんでもない距離と思える100km。しかし、それにも飽き足らなくなるランナー。

今回ご紹介する青木隆夫さんは、40歳代も半ばにさしかかってから健康のためにランニングを始めたという方です。それがついにはトランスエゾ往復(襟裳岬~宗谷岬を往復1089km)も完走するに至りました。今回は、青木さんがランニングの魅力にはまることになった経緯からお聞きしました。

健康のための500mから始まった……胃を2/3摘出してはじめたランニング

日本百名山を劔岳で完登
日本百名山を劔岳で完登。写真左が青木さん
「43歳の時、胃潰瘍の手術で胃の3分の2を取りました。70kgあった体重が12kg減ってしまい、翌年から体力づくりのためにジョギングを始めたんです」

始めた当初に走れたのは500mだったとか。しかし、1週間後には2km走れるように。といっても7~8分/kmのゆっくりペースだったそうです。

「国立競技場であった日本陸連の講習会で指導を受け、スポーツジムで筋肉をつけ、心肺機能にいいからとすすめられてスイミングクラブに3年、さらに山登りもすすめられあちこち登りました」

ランニングばかりに偏るのではなく、クロストレーニングでバランスよく体作りをしてきたのが、ウルトラにも強い体の基礎作りに役立ったようです。登山は気に入って、ついには日本百名山の完登も遂げています。

初フルマラソンは46歳

「フルマラソンを走ったのは46歳の時からです。これまでフルマラソンは41回走ってますが棄権はありません。62歳まではすべての大会で3時間30分を切ってますが、最高記録は3時間2分57秒なんですよ」

サブスリーを達成するには、市民ランナーなりにもスピードを養成しないと難しいといえます。スピードは筋肉のバネに負うところが大きく、50歳までにサブスリーを達成できなかったランナーが、筋力が低下する50歳を過ぎてから実現することはかなり困難です。走り始めたのがあと1~2年でも早かったら十分にサブスリーに届いていたと思われますが……。