靴の牛革は、加工によって印象がガラリと変わる!
アッパーに使われる牛革は、その加工方法で見え方だけでなく最適な使い方も変化してきます。それを知った上でまずはしっかり使い分けましょう。 |
今回はその鞣された後の「革」がどのように加工されるのか? について、種類を挙げて説明してみます。同じクロム鞣しされたカーフやキップでも、いや牛以外の動物の皮革であっても、これ次第で見え方や相応しい用途がガラッと変わってしまう、料理に例えれば煮たり焼いたりはてまた生に近いのか? 等の実際の調理法とも言えるのがこの工程です。厳密には多くの場合、鞣された革に色を付ける「染色・塗装」の工程がこの前に入るのですが、その説明はまた別の機会とさせて下さい。
靴の牛革の中でも、「最も革らしい革」と言える銀付き革
最も革らしい革と言えば、何時の世も銀面を活かした銀付き革に止めを刺すでしょう。厳しい選別を見事にくぐりぬけて来た、原皮の持ち味を最大限に活かせる革ゆえ、「銀」ではなく「吟」の当て字も暫し用いられます。 |
銀面は革を構成する部位の中では最も組織が細かく、丈夫で柔軟性も高くなるので、それを表面として素直に活用できるこの革は、鞣しの種類を問わず原皮の風合いや持ち味を一番堪能でき、愛着も湧きやすい革の中の革と確かに申せるでしょう。また、そのまま活かすと言うことは、もともとの原皮に付いていたシワ模様や凸凹、時には傷や虫刺されの痕跡もそのままダイレクトに表面に出てしまうということを意味します。逆に申せば銀付き革になれるのは、一般的には銀面にクセやダメージの少ない上質な原皮のみ、つまり革の中では選りすぐられたエリートな訳で、だからでしょうか、日本酒よろしく当て字で「吟面」とか「吟付き革」などと記される場合もあるほどです。
靴に用いる銀付き革には様々なものがありますが、その代表例は「ボックスカーフ(Box Calf)」と呼ばれるものでしょう。これは大まかには、クロム鞣しをごく短時間施しタンパク質系の仕上げ剤で表面を美しく処理したソフトなカーフ若しくはキップの革を指すのですが、実は国や時代それに用途で定義が色々錯綜しているのが現状です。
靴の牛革で代表的な「ボックスカーフ」とは?
靴に使われる銀付き革の代表選手がボックスカーフです。キメの細かい銀面を最大限に活かして処理したクロム鞣しのカーフと一応は定義でき、黒の印象が強い革ですが、実は用語としては相当、錯綜しています。 |
1:「ボックス」の語源は?
まずボックス(Box)の由来だけでも諸説あります。高級な革なので紙巻きではなく箱に詰めて納品したからとか、この革を多く製造していた業者が革の裏面に押していたスタンプの形状と言う説もあります。また2:とも絡みますが、銀面に施したシボの形状から来たとの話もあるほどです。ただ、靴的に見て比較的有力とされているのは、開発されて間もない19世紀後半にこの革を好んで使った、ロンドンの靴店ジョセフ・ボックス(Joseph Box)の名から来たと言う説です。因みにこの靴店はヴィクトリア女王時代の王室御用達靴店の一つで、1950年代に現在のそれであるジョン・ロブ(John Lobb)に吸収されています。
2:シボの有無は?
今日、靴で用いられる「ボックスカーフ」は、先ほどの定義に加え表面にシボを全く入れず銀面の表情を最大限に活かした超スベスベのものを指します。が、歴史的に見るとそうとも限らないようです。1:でも触れたとおり、かつては前述の定義を満たしつつ、コルク等で出来たボードに挟み軽く揉みしごいてシボを極々僅かに出した革、特に細かい四角形すなはちボックス状にシボを出したもの(Box Side, Box Grain)も、こう呼んでいたようです。この仕上げを施せる革が、クロム鞣しを施した上質なものに限られたからのようで、確かに鞄の世界では、四角形ではないものの水平方向状に極々軽いシボが入っているものを、今日でも「ボックスカーフ」と呼びます。ただ、この「水平方向状の極々軽いシボ」は、形状が柳の葉に似るためか革の世界では「ウィロー(Willow Side, Willow Grain)」と呼ぶので、以下の3とも絡んで事態が一層複雑になる……
3:色は?
イギリスでは「ボックスカーフ」と申せば、色は自動的に黒のみです。同じ製法で作られた他の色の革は「ウィローカーフ(Willow Calf)」と呼んで、厳密に区別します。一方他の国では製法が同じなら、色に関係なく「ボックスカーフ」と呼んでしまっています。いずれにしても色調にムラがなく均質で、まるで地肌が見えるほど透明感に優れた仕上がりとしたものを、こう呼んでいます。
とまあ、定義があれこれ錯綜しているボックスカーフについては、それにつけ込んで全く出鱈目な標記をしている製品も間々見受けますので、その点はくれぐれもご注意下さい。銀付き革はこれだけではありませんし、革は名前ではなくあくまでも「使い道に応じた質」を重視して選びたいものですから。
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