革靴の基礎知識:「バルモラル」とは一体どっち?

外羽根式のフルブローグには、通常のタイプと、アメリカ靴に暫し見られる「ロングウィングチップ」と呼ばれるタイプの2種類があるのをご存知でしょうか。その後者ロングウィングチップの典型的な意匠で、トウキャップや鳩目周りから始まるブローギングやステッチングが土踏まず部に着地せず、かかと部まで伸び切ったデザインがあります。それを「バルモラル」や「バルモラルスタイル」と称します。
バルモラル

バルモラルとは? 革靴の基礎知識

これだけなら単に「ふーん、そうなんだ!」としか思われないのでしょうが……実は! 外羽根式ですらない内羽根式の紐靴全般」を指す言葉として「バルモラル」を用いることもあるなので、注意が必要なのです。どうしてそのような混用が起きているのか、それを解くカギは「バルモラル」の名前そもそもの由来にありました。

ちなみに、外羽根式は「鳩目の部分が乗っかっている紐靴」、内羽根式は「鳩目の部分が潜り込んでいる紐靴」です。
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内羽根式の紐靴は1853年、英国のヴィクトリア女王の夫君であるアルバート公が考案したとの説が有力で、彼が好んだスコットランドの王室御用邸である「バルモラル城」に因んで、(特に英国で)それを「バルモラル」と呼ぶようになりました。

また、当時の紐靴と言えば今日の主流である短靴=シューズではなく、圧倒的にブーツが多数派。そして、当時の内羽根式のブーツは、トウキャップや鳩目周りから始まるブローギングやステッチングが土踏まずで着地せず、かかと部まで伸びるデザインのものが多かったのです。確かにその形状は、長く伸びた「城壁」をイメージさせてくれます。
昔のバルモラルブーツ

実は「バルモラル」のディテールの直接的な起源は、20世紀初頭まで主流だったこのような内羽根式のレースアップブーツです。短靴に主役の座を明け渡して以降、結果的にその名は、このブーツに含まれる2つの要素の双方を指すことになったのです。

つまり、ブーツ主体だった時代には一足の靴に同時に現れる傾向があった2つの意匠――内羽根式と、かかとまでつながったブローギングやステッチング――これらが、シューズに主役の座を奪われて以降、どちらか片方のみしか現れなくなることが多くなってしまったのです。これにより、「バルモラル」は結果的に双方の意味を示すようになってしまったようなのです。
 

革靴には誤用や混用を避けるための呼び名もあります!

では、どのように区別して言い分けたらいいのでしょうか。
実は、この言葉の代わりに、かかと部までステッチが伸び切る形状は「ガロッシュ」(Galoshes。この表現は本来「アッパーの下半分に被せるオーバーシューズ」の意味で、それを装着した形状に似ていることに由来する表現)、内羽根式の紐靴は「オックスフォード」と、それぞれ別な言い方があり、最近は誤用や混用を避けるためにこのように示す場合も多々あります。
 

美しさと機能がせめぎ合う!革靴かかと部の2大意匠

次のテーマは、
靴の用途と構造上、強度をしっかり出す必要もある「かかと部」について

多くの靴では、その中心にある縫い割りを露出させないよう小さな革で覆うなどの工夫が見られます。でも、できればスッキリ見せたいという要望は常にあるもので、それに最大限応えたのが、下の写真にあるような「シームレスヒール」です。
シームレスヒール

かかと部に縫い目の全くない「シームレスヒール」です。この靴はカントリー的な要素が強いのですが、スッキリ見えることもあって、どちらかと言えば格式の高い場で用いる靴に向いた意匠です。


読んで字のごとく、表側から見るとかかと部には縫い目が全くありません。つまり、かかと部周辺が、内くるぶし側から外くるぶし側へとグルッと一枚の革のみで覆われている訳です。

非常に清楚な印象を有するが故に、主に内羽根式ストレートチップのように使う場の格が高く、また、シンプルさが勝負の靴で見られる意匠です。ただし、ある職人さんに以前お伺いしたところによれば、アッパーを木型に手で丁寧に吊り込んで成型してゆくのであれば、そこまで超絶的な技巧が求められる意匠でもないとのこと…… だからこそ、ビスポーク(あつらえ)の靴で多く見るのかな?


一方、かかと部の中心にある縫い割りの上端部を、鎌の刃状に僅かにクルッとずらすデザインをご覧になられた方も多いでしょう。下の写真のようなこちらの意匠を「ドッグテール」とか「ドッグイヤー(グッドイヤーではないので注意!)と称します。
ドッグテール

上端部を鎌の刃状に僅かにクルッとずらす「ドッグテール」とか「ドッグイヤー」などと呼ばれるディテールです。機能性を形状に込めたこちらは、矢張りスポーティな印象の靴と相性が良いようです。


「確かにこの形状は犬のしっぽや耳のイメージが湧いて来る!」と思うのですが、実際はきわめて機能的な理由によるもの。縫い割りの上端部をわざとずらして縫い付けることで、縫い目に掛かる負荷を少しでも軽減・分散させるのが目的にした意匠なのです。

だからでしょうか、こちらはシームレスヒールとは対照的に、主に外羽根式のプレーントウやUチップなどスポーティな印象の靴で多く見掛けます。アウトドア系やワーク系の靴でもしばしば見かけますね。

なお、上記は革靴の場合で、スニーカーの場合は、「ドッグイヤー」と言えばかかと部の上端にある多角形の補強革(ちょうどブランドのロゴなどが入る部分のこと)を指します。つまり、名前と場所は同じですが、その補強革の形状が微妙に異なりますので、その点はご注意願います。

なお、このシリーズの以前の記事は以下のリンクからご覧下さいませ。
今さら聞けない紳士靴のディテール その1
今さら聞けない紳士靴のディテール その2

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