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ビットモカシンの歴史と履き方……「魔性の靴」とは?プロが解説

ビットモカシンの歴史と魅力、その「宿命」に迫ります! グッチのものがあまりに有名なビットモカシン。メンズのドレスシューズ全体から見ても一二を争う華美なデザインですが、ブランド好きの男性だけでなくおカタい靴好きも惹きつける魅力があります。

飯野 高広

執筆者:飯野 高広

靴ガイド

ビットモカシン……多くの男性をその気にさせる靴!

 70’sビットモカシン
1970年代に製造されたグッチのビットモカシンです。オレンジブラウンのアッパーは、トム・フォード時代からグッチを知った人には信じられない色合いでしょう。ヒールの高さは3cmと高め。因みに2008年春時点での定番品は、この時代のこのモデルをベースに現代風にしたものです。
今回は、甲にこれ見よがしの金属飾りが堂々と付く「ビットモカシン」を探っていこうと思います。前回のコブラヴァンプとは、同じスリッポンでありながら見た目はあまりに、あまりに対照的。メンズのドレスシューズ全体から見ても一二を争う華美なデザインですが、ミーハーなブランド好き男性のみならず、おカタい靴好き野郎でも何故か一度は恋焦がれてしまう「魔性の靴」でもあります。通常のファッション誌ではまず語られない、この靴の真の歴史的意義や魅力について、じっくり迫ってみましょう!
   

ハンドバッグの飾りを靴に応用

Late80’sビットモカシン
こちらは1980年代終盤のグッチのビットモカシンです。金属飾りが艶消しゴールドというのが、微妙な色合いが流行ったこの時代らしい! ヒールの高さも2cmと、70年代のものに比べ相当低いものが付いています。
ビットモカシンとは、甲の部分に馬具の轡はみ(Horse Bit)を模した金属飾りが付いたスリッポンのこと。他社からも似たようなものが数多く出ているのですが、オリジネーターであるイタリアのラグジュアリーブランド・グッチ(Gucci)のものが、やはり突出して有名です。なので今回の記事も、このグッチのものに特に限定して記載し、考察してゆくことにします。

グッチがこのビットモカシンを初めて世に出したのは、第二次大戦での惨敗からイタリアが漸く立ち直りだした1953年です。ただ、これは創業85周年記念絡みで2006年に発刊された社史的写真集”Gucci By Gucci”にて漸く出た公式見解で、それまでは欧米の著名な文献でも、同社創業直後の1920年代から1960年代中盤まで、誕生年は不思議なことに諸説が入り乱れていました。因みにこの写真集に依れば、同社のレディスのハンドバッグに付けられだした金属飾りを、メンズでは靴の飾りとして取り入れたとのこと。女性のハンドバッグに男性の靴と、心理学的観点からも極めて直截的な展開だったわけで、結構誤解されますが靴はメンズの方が先、婦人靴での登場は1968年まで待たねばなりません(実はこれも諸説あるのですが……)。

1921年の創業当初からイメージ戦略に大変長けていたグッチは、この靴も発売当初からフレッド・アステアなど当時の著名なハリウッド男優に履いてもらうことを通じ、「大人の男性が履いても、子供っぽく見えないカジュアルスリッポン」として、同社の大黒柱に育て上げます。人気が爆発したのは西ヨーロッパ以上にアメリカで、1970年代後半のニューヨークには、靴だけを扱う同社直営店もあったほど。彼の地では一種のステータスシンボルとみなされるようになったのです。そういえばその頃製作されたアメリカ映画「クレイマー、クレイマー」でも、ダスティン・ホフマン演ずる仕事一徹で女房に見捨てられた父親が子供と遊ぶシーンで履いていたのは、この靴だったよなぁ……
 

ビットモカシンは、旬の贅沢を先導する「宿命」を負った靴!

比較
1970年代と1980年代終盤のビットモカシンを並べてみました。同一サイズ標記ながら、ヒールの高さのみならず、トウシェイプ、履き口の大きさ、それに金属飾りの大きさや形状など、たかが10年で同じブランドのものとは思えないほど変化しています。でも、これこそこの靴の宿命!
グッチが紳士靴としてビットモカシンを発売した1953年は、この会社にとって大きな節目の年でもありました。ズバリ、創業者であるグッチオ・グッチが他界し、その子息による共同経営に統治体制が大きく変化した年なのです。つまりこの靴は、グッチオ・グッチのモノ作りに対する姿勢の集大成であり、その後革製品の1ブランドから服飾品全般のラグジュアリーブランドへと大変貌する、同社の方向性を決定付けた商品とも言えるでしょう。

商品の着眼点も時流を先読みした、極めて鋭いものでした。この靴は明らかに、第二次大戦前後からアメリカの大学生を中心に人気の出だしたローファーをベースにしたもの。その甲部に例の金具をあしらうことで贅沢さを漂わせ、前述の通り「大人の男性が履いても、子供っぽく見えないカジュアルスリッポン」なる新たなカテゴリーを創造し、言わば「ローファー卒業生」の受け皿を提供したのです。そう、新しいもの好きのアメリカで受けるべくして受けた靴なのです。

大げさな表現かもしれないけれど、ビットモカシンは上記の結果、それまで一般的には相反する概念だった「豪華さ」と「気楽さ」とが第二次大戦以降急速に接近・交錯しだすのを象徴し、ラグジュアリーブランドたるグッチの看板商品として、それを常に先導する宿命を負うことになりました。この靴がたとえ定番品であっても、トウシェイプやソールの厚み、カラーバリエーション、さらには金属飾りの材質や大きさまで比較的早いテンポで変化させる傾向にあるのは、その時代時代が求める「誰にでもわかる贅沢」を的確に反映させることが、昔も今もグッチにとってはビットモカシンの真の存在意義だからでしょう。その点では靴というよりも、モデルチェンジすることを前提とした高級車のほうが、つくられ方の発想は近いかも?

だからこそ、この靴は好きになる層が大きく2つに分かれるのだと思います。ビットモカシンを「今現在の贅沢の象徴」とみなす向きの方は、ベンツなどと同様に最新モデルにしか目が行かないでしょう。その一方、「イタリアで戦後生まれたカジュアルシューズの傑作」と考える方は、ジャガーなどのように「何年代の『あの』モデルが特に良かった!」という発想で、一度は恋い焦がれてしまうのです。カジュアルシューズですから捉え方・履き方が多様であるのは極めて健全なことであり、もちろんどちらも正解だと思いますよ!
 

独特の「成り上がり感」をどう扱うか?

どう合わせる?
ビットモカシンは、その金属飾りを装いにどう溶け込ませるかが履きこなす大きなポイントになります。ジャケットのボタンの色と合わせてしまうのも、単純ながら有効な方法の一つです。
履いていると鳴る金属飾りの「シャリンシャリン」という音色こそ妙に安っぽいものの、オリジネーターであるグッチのこれまでの歴史が日にも影にもなり、ビットモカシンにはやはり、「豪華」とか「成り上がり」的な印象が強烈に付きまといます。この靴は履きこなすのが難しいとしばし耳にするのですが、要はこれらのギラついた印象をどう扱うか? が難儀なのでしょう。つまりこの靴は、どのような素材の、どのような色のものをどう履くかで、その人のおしゃれ履歴を全て暴露してしまう、ある意味大変恐ろしい存在。「魔性の靴」と捉えられがちなのも理解できます。

「豪華」を「下品」に成り下がらせないためには、カジュアルシューズだからと言って惰性で履かないことが、何より肝心! たとえ黒のスムースレザーのものでも、お仕事用のダークスーツ姿には合わせない方が無難でしょう。例の金属飾りが必要以上に主張してしまい、それがモード系のスーツでなかったとしても、どうしても妖しいメッセージが出てしまいがちですから。まず清潔感を持って、陽性で快活な雰囲気をかもし出すコーディネートを心掛けて欲しいものです。

モンクストラップなどと共通するセオリーですが、アッパーと服の色を合わせたり対比させるだけでなく、金属飾りの色を他に身に付ける金属の色と統一させるか極力近づけてみるのが、品良くまとめるための第一歩。例えば金色系のメタルフレームのメガネを常用する方なら、この靴の金属飾りもゴールド系のほうが、装いは散漫になりません。その応用で、ジャケットのボタンの色を金属飾りと合わせてしまうというのも有効な方法! ガンメタリック色の金属飾りが付いたビットモカシンなら、黒蝶貝のボタンが付いたジャケットと合わせると、それが不必要に目立つことなく装い全体が引き締まります。

「グッチの靴だぞーっ!」と気合を入れて目立たせる必要は、全くありません。逆に身に付ける他のもので独特のギラつきを中和する方が、「気楽さ」も備わったこの靴の真の美意識が存分に発揮できると思いますし、装い全体を明るくかつ洗練されたものに格上げできますよ。

1990年代半ばに、アメリカ人のトム・フォードがグッチのクリエイティブ・ディレクターに就任してから暫くたった後、このビットモカシンは定番品の色数が思いっきり減り、無国籍風で随分メタリックな印象に変化してしまいました。当世流の「誰にでもわかる贅沢」とはこういうものなのかと宿命を素直に感じる一方で、その表情から創業地であるイタリア・フィレンツェの「土の色」みたいなものが全く消えてしまったことに、個人的には正直寂しさも覚えました。ただ、クリエイティブ・ディレクターがイタリア人のフリーダ・ジャンニーニに代わってからは、シーズン毎のコレクション品を見る限り、この靴にも徐々にではありますが往年の「色味」が現代的に蘇っているような感もあります。定番品のモデルチェンジがそろそろあるかも知れませんが、彼女なりの「誰にでもわかる贅沢」をそれにどう具現化するのか、興味は尽きません。

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