平成12年に施行された「ぼったくり条例」の指定区域は「新宿・上野・渋谷・池袋」でした。翌平成13年には、麻布・大崎・本所地区が指定区域に追加指定されました。このケースはごく最近、その「ぼったくり条例」で指定された区域で起きた実話です。

酒に飲まれる

ぼったくり条例の街で
ぼったくり条例の街で
41歳の会社員・川上裕二は、元々あまり飲めないほうだったのに、仕事のストレスがひどく酒の量が増えて、このごろでは泥酔するほど飲んでしまうことがある。飲んで酔ってしまえば仕事の憂さも晴れる気がするのだ。仕事を終え、ネオンが瞬き始めると体がアルコールを求めて、無意識のように街へ繰り出して行く。酒を飲むと言いながら、飲まれているかもしれなかった。

会社での人間関係はそう簡単に改善されるものではない。見たくもない人間の顔を見なくてはならない辛さは、考えるのをよそう、と思うほどに余計にとらわれてしまい、逃げ場を失っていく。仕事はそつなくこなすが、鬱屈した気持ちは冬の日の重い雲のように世界を覆っているように感じている。

そんな日々に変化を求めて、昨年から裕二は英会話を習うことにした。人前で恥をかくことが嫌いだったので、すぐに辞めてしまうかと思っていたが、思いのほか楽しく、長く続いている。間違っても恥ずかしいことではないと分かってきたのだ。おかげで一人で外国に行っても困らない程度には英語を話せるようになってきた。むしろ、今ではチャンスさえあれば外国人と会話を楽しみたいと思っているのだった。

10月のある日、ちょっとした飲み会があり裕二はしこたま飲んでいた。まるで何かに追われているかのように飲み続けた。その場にいた仲間たちは驚きやあるいは同情の目で見ていたが、酔うほどに裕二の目が据わってきて声をかけるのがはばかられた。他の連中は、この不況のご時勢にタクシーで帰宅するなどとは考えていないので、ほどほどの時間にお開きとなった。駅の方角に向かって繁華街の歩道を歩いているうちに、裕二はいつの間にか仲間と離れて一人になっていた。

(まだ飲み足りない)周囲の人間が呆れるほど飲んだはずなのに、まだ飲みたいと感じていた。(もうちょっとだけ飲もう。飲んだら終電で帰ろう)と自分に言い聞かせて、目についたバーのドアを押した。暗い照明と音楽、タバコの煙と人々のざわめき……。香水や体臭の入り混じった独特の匂いは、外国にいるのかと錯覚させるほどに、いわゆる日本の飲み屋とは一線を画していた。異国情緒は人をセンチメンタルな気分にするのかもしれない。

カウンターに座ってマティーニを注文した。ビールでは物足りないので、ジンベースの強い酒にしたのだ。レモンの皮を絞ってつけられた香りが酔った頭に心地よく感じられた。飲み足りなくて入った店だったが、すでにかなり酔っていることは自覚していた。それでも、もっと酒を飲みたかった。飲んで酔っ払ってしまえば、心の痛みや辛さを忘れられるのではないだろうか……。


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