聖夜の贈り物
駐車場は暗かった |
「泥棒だよ。車がやられた」
「ええっ? じゃ警察に電話」
「ああ。すぐ110番だ」
後から考えると、春彦は自分の携帯電話をちゃんと持っていたのに、麻季子のアパートまで駆け戻っていた。そして、麻季子の部屋から110番通報してから、麻季子と二人で駐車場に戻った。パトカーは10分もしないうちに到着した。コインパーキングは誰でも入れるようになっており、当時は防犯監視カメラもついていなかった。空いていたので駐車場内の中ほどに入れていたのだが、駐車するときはヘッドライトがあったためまったく意識していなかったが、そこは街灯も当たらない場所だった。ライトを落とすと真っ暗になったように感じたことを思い出した。
車のドアの鍵穴がドライバーか何かでこじ開けられており、ダッシュボードに入れていた春彦の財布はもちろんなくなっていた上、春彦が旅行に使ったスポーツバッグも開けられて中身が座席の上に散乱していた。現金はそれほど残っていなかったのが不幸中の幸いだった。しかし、春彦自慢のカーステレオセットがなくなっていた。すでに抜いてあったフィルムは無事だったが、カメラも盗られていた。
現金の被害は1万数千円だったが、警察署での被害届提出、銀行とクレジット会社、社会保険事務所への連絡とカードや保険証の再発行手続き、そして運転免許の再交付などは証明写真も必要で、これらの諸手続きを早急にしなくてはならなかった。クリスマス当日の月曜日は「車上狙い」の被害とその後始末で幕開けとなったのだった。
麻季子は大きなショックを受けていた。なぜ、あのとき、荷物を取りに行こうとしなかったのか。春彦が泊まってくれることが嬉しかったから、そばにいるぬくもりを離したくなかったから、不安を感じていながらそのままにしてしまっていたのだ。春彦ももちろん落胆していた。せっかくの楽しかった旅行がこんな事件でケチがついてしまったことを麻季子に詫びた。
だが、このことがあってから、二人はとても慎重になった。麻季子は少しでもいやな予感がしたときは必ず万全を期するようになったし、春彦もよく考えて行動するようになった。クリスマスになるといやでも思い出してしまうが、それも二人でいいほうに考えることした。つまり、日頃の危機管理をあらためて確認しあう機会として与えられたものだとプラスにとらえるようにしたのだ。
「今後は気をつけるようになれるのだから。この教訓を活かしましょう」
「そうだな」
「そうよ。車が盗まれたわけじゃないし、私もあなたも無事だもの。厄落としと考えればいいのよ。お金で買えるものは働いて稼げばまた手に入るし」
麻季子のポジティブな考え方が春彦の気持ちをぐっと楽にした。決して相手を責めず、ネガティブなことは言わず、いつでも前向きでプラス思考だった。そして、その1年後に結婚してから今日まで、麻季子の危機管理意識は一級品だった。
その先はワインを飲んでから |
「あのときの被害と引き換えに、その後の安全を手に入れたのかもね」
「被害のお蔭じゃないけど、手に入れたのはそれだけじゃないよ」
「あ、待って。その先はワインを飲んでから、にしない?」
被害に遭った人たちには気の毒だが、あの事件を思い出したときはお酒を飲んでパーッと気分を一新することが大切だった。春彦もすぐに理解した。二人とも入浴を済ませ、翔太が眠ったことを確かめてから、改めてワインを飲むことにした。若さにあふれていたあの頃を思い出して、二人ともつい顔がほころんでハイテンションの楽しさが続いた。その夜、柔らかなベッドランプを灯したベッドで、春彦は12年前のクリスマスイブのように情熱的に麻季子を抱きしめていた。
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