やさしさのありか
吹っ切れた気がする |
「でも、もうこれでなんだか吹っ切れた気がする。話を聞いてくれてありがとう。絵里さんには私から連絡をしますから」
「今日のことは誰にも言わないから安心して。それとあなたの経験は、だからこそ桜子ちゃんを安全に守っていられるというふうに考えられれば」
「そうね…。そう考えればいいのよね」
ふたりで駅に向かって日差しの中を歩き出し、別れるときに美枝がニッコリと笑ったことが麻季子に安堵感をもたらした。そして夜、翔太と食事を終えたころに絵里から長いメールが届いた。美枝から連絡が来て午後に会ったという。自分は女の子が欲しくて、かわいい桜子の母親である美枝に対して身近な友だちゆえに嫉妬心があったと告白していた。また女同士、助け合わなくてはならないこと、長年の友だちを大事にしたいことなどが書かれていた。友だちとの会話がどれだけ大切か分かったとも。
美枝の辛い過去は麻季子の胸にも痛みを残した。しかし、今回のことではやはり身近な人間による気持ちの行き違いが面倒を引き起こすものだと痛感した。普段何気なく交わしている会話で誰かを傷つけることがあってはならない。だが、いくら気をつけても何がその人にとって敏感に反応するのかは分からない。だからこそ人間関係は難しい。それでも、一番の人生勉強であることは間違いないようだ。(言葉には気をつけて、人にはできるだけやさしく接しよう)麻季子は心から、あらためてそう思った。夫の春彦に対しても会話を大切にして、これまで以上にやさしくしたい…。
今夜はワイン |
「お帰りなさい。お食事はすぐ用意するから、先にお風呂に入って。今日はワインね」
「お、何かいいことがあったの?」
「お蔭様で一件落着。だから私も飲むわ」
「へえ~。それはそれは」
春彦はまぶしそうに麻季子を見た。
結婚祝いでもらったペアのワイングラスにワインを注ぐのは春彦の役目と決まっている。グラスの触れ合う軽やかな音が幸せの鐘の音に聞こえた。グラスを通して夫を見ながら麻季子は言った。
「ねえ、春彦さん、私あなたと結婚して本当によかったと思うの」
「嬉しいねえ。じゃあオレも言おうか。麻季子はオレの“ファム・ファタル”だよ」
「ええ~? それってフランス語よね。“運命の女”って意味だっけ?」
「カルメンとかマノン・レスコーとか男を破滅させる女のことだけど、麻季子の場合は、男の運命をいいほうに変える女だな」
不覚にも麻季子はちょっと涙ぐみそうになった。
「ありがと。嬉しい。今夜はうんとやさしくしてあげたい気分」
「オレたちは相性がいいんだよな。まあ、飲もう。今日は、“TGIF”だ」
「え?」
「知らない? 古いけどさ、Thank God it's Friday. ありがたい、今日は金曜日だあ~って。今夜から週末を楽しめるってことだよ」
もう一度グラスを触れ合わせて、ワインを口にした。アルコールのせいか、春彦のおかげなのか、麻季子はうっとりとめまいのような幸せの酔いを感じていた。あるいは美枝も、この夜を夫と仲むつまじく過ごしていてくれるだろうかと、心の中で彼女にも乾杯をした。
【ミセスの危機管理ナビ 連載全4回】
連載第1回「ミセスの危機管理ナビ~切り裂かれた年賀状」
連載第2回「ミセスの危機管理ナビ~聞き戻せない電話」
連載第3回「ミセスの危機管理ナビ~推理から見えたもの」
連載第4回「ミセスの危機管理ナビ~揺れ動く心のありか」
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