防犯/防犯小説

愛の罪と罰 愛と故意のラビリンス?第6回(2ページ目)

【最終回】別れを告げた謙一はついに逸美からの着信を拒否した。それに対して逸美が取った行動は、謙一や世間の常識を越えるものだった。それは明らかに罪であり、許されざることだった。

佐伯 幸子

執筆者:佐伯 幸子

防犯ガイド

刑事罰

「元のようにつき合いたい」「待っています」「連絡をくれないと私、おかしくなってしまいそうです」などと書かれてあった。また、会社宛に封書も届いた。差出人の名前を見て謙一は何も言えなくなった。会社内でもさすがに立場がなくなって、上司から注意を受けた。それでも、謙一はなすすべを知らなかった。ただ、もう逸美とは会いたくもないし、話もしたくない。いつかはあきらめてくれるだろう。

そんな謙一の考えは甘かった。会社あてに何度も無言電話が掛かるようになったのだ。「○○です」と社名を言うか言わないかのうちに電話は切れた。電話を取る前に呼び出し音だけ鳴って切れることもある。そして、その無言電話の回数は日を追う事に多くなり、業務に支障をきたすまでになった。

一時間に数回の電話が十数回、数十回となっていった。1ヶ月経っても、2ヶ月経ってもそれは止まず、年が変わって半年経ってもまだ続いていた。多い日には、数百回から、1,600回近くにまでなっていた。会社の電話は常に鳴りっぱなしの状態で、社員皆がストレスを受けていた。

当然、社長にも事態は伝わった。直属の上司とともに呼び出されて、謙一は正直にことの経緯を話すことにした。社長は会社の顧問弁護士と相談するように言ってくれた。弁護士の先生に事情を説明すると、
「これは君のストーカー被害ということだけではないね。君個人のことならストーカー規制法で取り締まることになるが、会社がこんな目に遭っているということは、会社も被害者なんだよ。これは別の法律での対応になる」

「別の法律と言いますと」
「『偽計業務妨害』だ。3年以下の懲役、または50万円以下の罰金刑だよ。すでに君個人ではなく会社が、法人が迷惑を受けているんだ。君の元恋人とは言っても刑事罰を受けることになる。この点は理解できるね?」
「……。ほかに私に何かできるとも思いません。我が社に迷惑をかけたことはやはりそれなりに罰を受けるべきだと思います。本当に申し訳ありません」

あるいは夜叉のごとく…<br>Copyright(c)Illustrated by Yukiko Saeki
あるいは夜叉のごとく…
Copyright(c)Illustrated by Yukiko Saeki


1日に1,600回ということは、8時間としても1時間あたり200回。30分に100回。3分に10回だ。18秒に1回ダイヤルしていることになる。もちろん、これは逸美が会社を休んだ日にしていたことだが、そうでなくても電話を常にそばに置き、習慣のようにリダイヤルボタンを押し続けていた。逸美の姿には鬼気迫るものがあった。

電話のプッシュボタンを押しながら、頭の中では(謙一さん、分かって。私の元に帰ってきて)と叫んでいた。もちろん、してはいけないこと、悪いこと、迷惑をかけていることくらい分かっていた。だが、自分の気持ちがどうにも整理できない。

混乱した頭で書き出した文章をそのままファクスで送信した。用紙が残るので先方に届いたかどうか分からない。確認のためという気持ちでファクス番号に電話を掛ける。謙一の会社のファクスから「ピ~~」という音が続く。


→・罪はどちらに?……p.3
→→・迷宮に閉ざされる……p.4
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